~そこまで~(番外編)
二人はポートアイランドから本土に戻り、悠里の家の前にある小さな公園で車を止めた。ここまで大きなミスなく運転が出来た湊人に礼を言うと、安堵の表情を浮かべて照れ笑いをした。
「ごめんな。マスターには逆らえないんだ。世話なってるし」
「いいよ、全然。結局英語教える時間、なかったね。でも――楽しかった。」
「ああ、謝恩会の打ち合わせも、だね」
お互いに笑いあったあと、一拍間を置いて湊人が口を開いた
「また、連絡して、いいかな?」
また一拍間が空いた。悠里は眼鏡の奥にある目を一瞬泳がせた
「いいよ」
悠里はそう答えて湊人に携帯電話を手渡すと、自分の電話番号を入れて発信した。すると湊人の胸ポケットから一フレーズだけピアノの音が聞こえて止まった。
「ありがと……」悠里は返してもらった電話を手にとった「気を付けて、帰ってね」
「ああ……」
助手席側から手を振ると運転席から振り返すのが見えた。悠里は去って行く車の初心者マークを見えなくなるまで見つめていた。
* * *
「ごめんね、坂井君」残像として残るテールランプの光を見て悠里は呟いた「悠里的には整理が着いてへんねん――」
悠里は夜空を見上げて口元を大きく横に引っ張った。湊人が自分を呼び出した本当の理由はそれとなく分かっていた。
また、会いたいなと素直に思える自分がいた。空に向かって息を吐くと、白い姿が昇り星空に紛れて見えなくなった。車が完全に見えなくなると悠里は回れ右をして2階にある自分の家を見上げた。灯りは消えて真っ暗だった。母は仕事でしばらく帰って来ないと聞いているが、今日の悠里は不思議と寂しさを感じなかった。
「さあ、帰ってゴハンでも作ろう、っと」
悠里は両手を大きく天に伸ばし、踏み込み足でひと跳びしてメンを打つ動作をした。
小さな文化住宅『桜花荘』、悠里は主のいない家に灯りを点け、誰もいない部屋に向かってただいまを言った。いつもと変わらない家の中なのに部屋が少し暖かくなってきたような気がした。
来月には新しい生活が始まる。春は近くまで来ている――。
おわり
作品名:~そこまで~(番外編) 作家名:八馬八朔