歪んだたより 探偵奇談4
やっぱり傷つけたんだ。俯いて息を吐く。
「先輩の名前って、誰がつけたの?」
自転車にまたがって前を見据えたまま、唐突に聞かれた。
「は?」
「先輩の名前。誰がつけてくれたの?」
名前?突然何を言うのだろう。
「俺知ってるよ、先輩の名前。風の、名前なんだ」
瑞の背中を見つめ、伊吹は黙って聴く。紡がれる言葉は、まるで遠い世界から響いてくるようで、不思議な感覚に包まれる。以前にもあった。
まるで、瑞ではない誰かがしゃべっているような感覚。
「命を運んで吹いてくる、風の名前」
ぴん、と空気が凍り付いたような感覚。その言葉に、なんとなく聞き覚えがある気がして、伊吹は震えた。また記憶の隅っこに、何かが引っかかっている感覚。
「俺が、つけた」
振り返った瑞の顔は街灯に照らされ青白い。静かに笑っていた。自分の知っている、軽薄だけど情に厚い後輩。それがいまは、全然知らない他人のように感じられて、伊吹は寒気を覚える。
「なに、いってんだよ…」
風が吹く。
見慣れたはずのその顔が、なんだか別の何者かのような気がしてくる。それなのに、どうしてだろう。その別人のような表情にもまた、伊吹は見覚えがあるのだった。
「…須丸だよな?」
おまえは、俺の知っている須丸瑞だよな?
京都からの転校生で。
一つ年下で。
弓がうまくて。
意地が悪いけど優しい後輩。
作品名:歪んだたより 探偵奇談4 作家名:ひなた眞白