歪んだたより 探偵奇談4
失われた名前
バカなことをした、わけのわからない話で怒らせて、挙句の果てに逃げてきた。瑞は近所の公園のブランコに座り、盛大に肩を落とした。
(…気のせいだって言われればそれまでかもしれないけど、もうそんなの受け入れられない)
もう絶対気のせいではない、あのひとと自分には因縁がある。それがどうしてなのか、なぜこんなに苦しいのか。それを解き明かしたいのに、伊吹はそれを恐れ扉を閉ざそうとする。開けるな、と。
スニーカーの底で砂を蹴とばす。硬い感触がした。
(俺なにしてんのかな)
自己嫌悪が沸いてくる。伊吹のことだから、今頃同じようにもやもやしているだろう。飛び出してきたけど、もっと伊吹の言葉を慮るべきだったかもしれない。ここにいればという言葉を、拒絶されて出ていかれ、どんな気持ちでいるだろう。
(あー弓引きたい)
頭を空っぽにしたい。ブランコをこいで忘れることにする。夜風が生ぬるくすぎていく。
(あ、この匂い)
目を閉じると、風にのって言葉にできない香りが漂っているのがわかった。それは夜の匂いとでもいうのか、のんびりとすぎていく夏の独特の匂いで、急に懐かしくなるのだった。
(じいちゃんとばあちゃんと過ごした、夏の匂いだ…)
縁側から見えた星空と、祖母の優しい手と、夏蒲団。蛍。青みがかった闇。草。夏の匂いって、どうしてこんなに切なくなるんだろう。もう戻らないと分かっているから、よけい恋しいのだろうか。
(…ばあちゃん)
もう二度と会えないんだなあと、今更ながら思う。夢で会えても、それは幻だ。人を失うということは、こんなにもつらい。会える間に、もっと話したいことがあったのに。そんな後悔ばかりが頭をよぎっていく。
作品名:歪んだたより 探偵奇談4 作家名:ひなた眞白