歪んだたより 探偵奇談4
既視感なんて脳みその勘違い。
そう言い聞かせ、蛇口をひねって水をとめた。気まずい雰囲気を壊したくて、テレビでもみようか、と瑞に声をかけようとしたそのとき。
「寂しかったよ」
微動だにしない背中のまま、瑞の声が響いた。
「だけどそれが、おまえのお役目だったから」
表情は、見えない。感情のない機械のような声が、動かない背中を通り抜けて伊吹に届く。
「…須丸?」
お役目?俺の?なにを言っている…。
「それに、望んだのは、俺だから」
声が紡ぐ。
「それなのに、寂しかったよ」
寂しかったよ。もう一度繰り返される言葉。どう反応していいのかわからない。瑞は振り向かない。何を見てる、何を言ってる?沈黙が心臓に痛い。時が止まってしまったかのよう。
そのとき食卓の携帯電話が音をたて、瑞の肩がようやくびくりと反応した。時間が戻ってくる。
「一之瀬?うん、うん…それで?」
郁からの連絡らしい。
「わかったよ。うん。じゃあな。すぐ連絡して」
「…何かあったのか?」
「今風呂入ったって。いまんとこ特に何もないけど、ずっと家なりみたいなのが続いてるそうです」
そう言って瑞は立ち上がる。携帯電話とスクールバッグを掴んで。
「ごちそうさまでした」
「…どこ行くんだ」
「心配だし、一之瀬らの近くにいます」
「ここにいればいい。ここからならすぐ、」
「ここにいても俺、先輩を怒らせるだけだから」
すみませんでした、と目を合わさずそう言って、彼は玄関から出て行ってしまった。止める言葉を伊吹は持たない。傷つけたんだな、とじわじわと嫌な気持ちが沸き起こり、伊吹は自己嫌悪に立ち尽くした。
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作品名:歪んだたより 探偵奇談4 作家名:ひなた眞白