オールド・ラブ・ソング
「再会」
遺産問題のこと、次郎に間違いないことを和子は陽子に教えた。
古い寂れた町の、古いバーでひとり赤貧状態で生活してるちかえを思い出した陽子は何かしら手助けしたくなった。友達の和子もそれは同じだった。
照夫に相談する陽子。照夫も急な展開に驚いていた。
「ねえ、なんとかならないの。愛人といっても夫婦みたいなのじゃなかった?」
「無理だよ。どんな関係だったか僕達が見たわけでもないし。あのママが思い出を綺麗に美しく話してるだけかもしれないじゃないか」
「あなたって現実的なのね。本当の愛が見えないの?」
「ずいぶんな言い草だな。わかったよ。何か考えてみるよ」
陽子のしつこさに仕方なく重い腰を上げる照夫。
本当に女ってのは「愛」が好きな動物だ。
また、照夫と陽子は温泉街を訪れた。
ちかえに次郎のことを話す陽子。
見る見るうちに喜び涙を見せるちかえの姿はどんなに歳をとろうと美しかった。
生きていた・・それだけでもうれしかった。目頭を何度もハンカチで拭き少女のように頷くちかえ。陽子ももらい泣きしてしまった。
前回とは違った目線で古ぼけたバーを見やる照夫。結構傷んでるなこの店も・・・
レトロだの昭和だの騒ぎ立てているが、女一人でこの世の中を生きていくのが大変で改装するお金もなかったのだろう。
決して商売気を出そうとして古くしたんじゃない。
取り残された人生が、この町に眠ったままなのだ。
照夫も自分の人生に被せて、ちかえの赤貧状態を救い出したくなった。
そして、
次郎のいる施設に連れて行けばどうにかなるかもしれないと思った。
「ママ、次郎さんに会いたいだろ。連れてってあげようか?」
陽子は照夫の言葉に驚いた。
「旅費は要らないよ。一度会いたいだろ?」
遠慮するちかえ。陽子が横から言う、
「そうよ、行って「私は次郎さんの恋人なのよ」と言ってあげなさいよ。
資産も分けてもらう資格があるのよって言ってあげなさいよ」
首を横に振るちかえ。
「お金なんて要らない・・・会えればうれしい。会うだけでいいさ」
「よし、決まりだ。今から行こう。ジロさんに会いに行こう」
照夫は自分でも力が入っているのに気がついた。どうして、こんなにリキいれてんだ?
陽子は優しい目で照夫を見た。
新幹線を使い、3人は次郎がいる町に深夜に到着した。
シティホテルの部屋をちかえのために用意し、明日、施設に行こうとなった。
ちかえはずっと車内から黙ったきりだった。色々な思い出が交差してるのであろう。
40年前のあの日の出逢いから、ひとつづつ思い出すには長旅の時間でも足りなかった。
時折、いいことを思い出したのかちかえの顔がふっと笑顔になる時があった。
そんなちかえを見て、陽子は私にはそれほど愛する人が出てくるのだろうかと横にいる照夫の顔を見やりながら考えた。
翌日、和子の計らいで施設の応接室で対面させることにした。
ちかえは何度も「ありがとうございます」「申し訳ないです」と頭を下げた。
和子の介添えで現れた次郎は85歳を過ぎた老人だった。
どこが痴呆症なのか見ただけではわからない。
陽子と照夫は「この人がジロさんなんだ」とやっと会えた感激が湧いてきた。
ちかえさんは、ちかえさんは・・・
ちかえはすぐ次郎とわかったんだろう。久しぶりの次郎に顔をくしゃくしゃにして泣きながら近づいていった。
「ジロちゃん・・ジロちゃん・・ジロちゃん」何回も声にならない声で呼んだ。
幸いなことに次郎も覚えていたのであろうか、ちかえに気がついた。
「ちかえ・・ちかえ」と名を呼び、動きの悪い腕でちかえを迎えたいかのように前に差し出した。その腕に導かれるように近づくちかえ。
ちかえは何年ぶりかに、ずっと想い続けたジロちゃんの腕の中に入っていった。
長い時間の中で無くなりかけたパズルのピースが、またひとつになり綺麗に形になった。
陽子も和子も照夫もいつの間にか二人を見て泣いていた。
愛の物語はいくつになっても信じられるものなんだと改めて実感するような出来事だった。
応接間の窓からは初夏の爽やかな風が吹きぬけた。
温泉街の桜並木の葉々は、今頃どうしてるだろうか・・・
陽子と和子はどうにかして、ちかえの為に高橋次郎の財産分与が出来ないかと相談していた。おせっかいな陽子は電話で次郎の長男に電話してコトの一部始終を話した。
「余計なことしないでくれますか。不愉快です」と言って切られた。
あまり言葉は言わぬ次郎だが世話をするちかえはうれしそうだった。
しばらく二人きりにさせてやろうと、照夫は仕事に戻り、陽子と和子はまた別室で相談を始めた。
ちかえは次郎に何か話しかけていた。何を話し合ってるのだろう。
きっと二人だけが通じる会話なのだろう。
作品名:オールド・ラブ・ソング 作家名:海野ごはん