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海野ごはん
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オールド・ラブ・ソング

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「照夫と陽子」




現在


次郎は10年前からばったり音信不通になった。
ちかえは次郎が既婚者である事は知っていた。次郎の家庭を壊すつもりはなかったから本当の住所や連絡先を聞く事はしなかった。そして、それでもちかえは待ち続けた。次郎の帰宅を。歳をとり寂しい気持ちは増すばかりだった。
「ジロちゃん・・・」呼びかけても、次郎が桜のトンネルから現れることはなかった。

その温泉街が昭和を色濃く残していると言うことで、全国放送の番組に取り上げられたのは、次郎が訪れなくなって久しい桜の咲く春だった。
ちかえのバーも古く昭和のレトロな味があるということで、短い時間だったが放映された。




中西照夫は自営業で羽振りがいい。そして女好きだ。
前川陽子は主婦ではあるが何度も不倫を重ねていた。寂しさを刹那の愛で埋める女だった。
照夫と陽子はラブホテルでその番組を見ていた。
「わぁ~、綺麗。あそこ行きたいなぁ~。あんな所にたまには連れてってよ」
「不倫だから目立つわけにいかないだろ。ここで我慢しろよ」
「そうやって、ホントは面倒臭いんでしょ。この女、やれるだけやったらいいかって思ってるんじゃないの?」
「そんなこと言うなよ。愛してるよ」
「そんなの本当の愛じゃないわ。わかった。愛してるんだったら連れてってよ!」
陽子は男なんて、ぐずれば何でも聞いてくれるもんだと知っていた。
「いきなり、無茶言うなぁ~おまえ・・・」
照夫は陽子のしつこいお願いに負けて行くことにした。




ホテルの約束から数日後の夕方、古びた温泉街を二人は散策していた。
桜並木の花びらはすでに散り、若葉がすでに桜並木を鮮やかな緑のトンネルに変えていた。 
「なんだか風情があっていいところねぇ~」
「あ~これが桜の時期だったら凄いだろうな」
照夫は桜並木の終点に昭和のレトロな看板を見つけた。トリスウイスキーの看板だった。
「いや~懐かしいな。そういえば昔あったな、こんな看板」
「あらここ、この前テレビに出てたお店だわ」
「うん、なんだか飲んでみたくなるよな~。トリスの酒はまだあるのかな」
「寄ってみましょうよ。昭和にタイムスリップだわ。懐かしい~」
トリスの看板の下には「ジロー」とカタカナでお店の名前が書いてあった。
二人は興味半分にちかえのバーを訪れた。



「いらっしゃい・・・あら、お若いのね」ちかえの挨拶はすでに年老いていた。
「なんだか物珍しくて・・レトロでいい店ですね」陽子はきょろきょろしている。
「何を頂きます?」
「トリスはあるかな」照夫。
「ありますよ。昔のお酒じゃなく新しいのですけどね」
「なんだかここにいると昔のまんまのボトルが出てきそうだな」
「そうね。ほんと昔にタイムスリップしたみたいだわ。もう何年やってらっしゃるんですか?」陽子は古いポスターが貼ってある壁を見たまま、年老いたちかえに尋ねた。
ちかえは「もう30年は経ったかな、もう忘れたよ」と言った。
照夫と陽子はビールを頼むと、老いたちかえママにも注いであげた。
そして3人で昔話に花を咲かせた。
久しぶりのお客なのだろうか、ちかえママは饒舌だった。
この温泉街は昔、このあたりで一番人気があった事や、旅館で働いていた時は毎日満室で往生したことなど、ちかえの半生記を二人は聞かせて貰った。テレビドラマを見るかのような昔話はどれもおもしろかった。



「ねえ、何でジローという店の名前なの?」陽子が聞いた。
ちかえは次郎の話をした。この店を作ってもらったこと。
1年に3週間しか帰ってこないこと。
それでも幸せに愛していたこと。今だに待っていること。
でも、今は音信不通なこと・・・
陽子は一人の男を何年も想い続けるちかえママに、信じられない気持ちだった。
「私には出来ない。いったいそういう愛ってどうしたらなれるの?」
陽子は自分と照らし合わせたら胸が痛くなった。
付き合いが短くとも深い愛。一生に愛せる人を持てただけでも幸せなんだと言う目の前の老婦人が陽子には自分と正反対で驚きであり羨ましかった。
私は照夫をそこまで愛せるだろうか・・と陽子は思った。




照夫もまた、信じて愛する事の奥深さと辛さを見たような気がした。
それだけ愛された男は幸せなのだろうか?
1年に3週間の逢瀬はドラマチックなんだろうなと考えた。
口には言わなかったが「浮気だからさ」という、照夫なりの意見もあった。
しかし、女は「愛」を真剣に求める動物らしい。
陽子が目の前の老婆のように、僕のことを話す日は来るのだろうか?
「絶対ないな」と照夫は思った。

寂れた温泉街の、寂れたバーで照夫と陽子は輝きつつも寂しい愛の話を聞いた。
そして、時間はいつの間にか深夜に及び、ジロちゃんのお店は久しぶりに賑わった。
帰り際のちかえママの手を振る姿は、あの次郎さんに向けたのと同じ「さよなら」のバイバイだったんだろうか。そうやって、また何年も待つのであろうか。
海辺の風に吹かれながら、二人は黙って帰った。
潮の香りとかすかに匂う温泉の匂い。
ここは年老いたママが待ち続けながら生きた町。
陽子は次郎さんが生きてることを願った。