迷いの森
長吉が美咲を睨みながら責めた。
「道に迷ってしまって……。それに一人じゃ怖くて……」
「こんな山の中に一人でいる方が、よっぽど怖くはないかね」
長吉は尚も美咲を睨み続けている。
「まあまあ、無事だったんだから、いいじゃないか」
真治が美咲と長吉の仲を取り持つように笑っておどけた。だが、長吉は仏頂面を崩さなかった。
「ちょうど、子鹿の鍋が出来上がったところなの。この小屋の裏側で死んでいるのを見つけて……」
美咲が子鹿の鍋を椀によそり、真治と長吉に勧めた。
「小鹿の鍋だって?」
真治は正直、腹が減っていた。その子鹿の鍋は美味そうな匂いを漂わせていた。真治が箸を伸ばした。
「うん、美味い!」
真治が唸った。その味は長吉が時々届けてくれる猪や鹿の肉より柔らかく、臭みもなかった。子鹿の肉は程よい弾力で真治の口の中を支配していた。
「よかった。あなたのお口に合って……」
美咲は笑顔をこぼし、子鹿の肉を頬張っている。
だが、長吉は子鹿の鍋には箸をつけず、残りの握り飯を頬張っていた。
食事もひと段落したところで、美咲が真治の袖を引っ張った。
「ねえ、奥の間があるの」
美咲は真治の耳元でそう囁いた。
「今はマズイよ。長吉さんもいるし……」
だが、美咲は引き下がらなかった。更に袖を引っ張り、「私、我慢できないの」と囁いた。真治は腰を上げると、美咲に誘われるがままに、奥の間へと言った。長吉に「ちょっと、失礼します」と言い残して。長吉はその背に「精神科医っていうのはモテるんだな」と皮肉を投げかけた。
奥の間に行くと、すぐ美咲は真治に抱きついてきた。
「会いたかった……」
「私もだよ……」
美咲と真治は見詰め合った。美咲が真治の唇を貪った。真治は瞳を閉じる間もなく、それは「奪う」という表現がぴったりだった。
美咲はまるで味見をするように、真治の粘膜を貪る。
(こんな美咲は初めてだ……)
美咲はあまりにも積極的だった。いつも奥ゆかしいほどの恥じらいを見せる美咲の姿から、それはかけ離れていた。
美咲に唇を奪われ、真治の脳髄は蕩けてしまいそうだった。
だが次の瞬間、真治は一気に苦しみの境地へと落とされた。美咲が急に首を絞めてきたのだ。
「み、美咲!」
その力はまるで人間のものとは思えぬ力だ。首の頚動脈が絞められ、眼球が飛び出す感覚が真治を襲う。