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迷いの森

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「ぐええええ!」
 その時であった。
 バウーン!
 銃声が響いた。真治の悲鳴を聞きつけた長吉が、美咲に向け銃を撃ったのだ。
 だが、美咲の力は緩まない。
「くそ、山姥め!」
 長吉は何度も美咲を目掛けて銃を撃った。しかし、美咲は真治の首を尚も絞め続ける。その力が弱まることはなかったのである。
「もしや……」
 長吉は純金で作られた特殊な弾を銃に詰めた。それは長吉が先祖から授かった大切な弾であった。いつも御守りとして懐に忍ばせていたのである。そして、美咲ではなく、天井から吊るされているランプを撃った。
「ぎゃーっ!」
 美咲の悲鳴が響いた。美咲は人間とは思えぬスピードで山小屋の外へと逃げていった。
 真治は意識を失う寸前であったが、「ゴホゴホ」とむせ込み、喉を押さえていた。
「ボヤッとするな。女を追うぞ!」
 真治はよろけながら立ち上がった。既に長吉は美咲を追って山小屋を飛び出していた。
 真治はボーッとする頭でその後を追うが、足が思うように動かない。
 バウーン!
 先の暗闇でまた銃声が響いた。

 真治が長吉に追いついた。
「美咲、美咲ーっ!」
「あんたにはこれが女に見えるのか?」
 そう言って長吉が担いだのは、十貫目はありそうな大きなムジナだった。
「そ、そんな馬鹿な。じゃあ、美咲はどこに?」
「さあな。俺は端っからあの女を信じちゃいなかった。大体、今時の若い女が子鹿を捌けるか?」
「や、山小屋に戻ろう……」
「山小屋? そんなもんどこにある?」
 真治が振り返ると、山小屋は忽然と消えていた。そこにあるのは朽ち果てた巨木だけだ。
 その虚に何か白いものが見えた。
「うわーっ!」
 駆け寄った真治が絶叫した。そこには貪り食われた美咲の死体が横たわっていたのである。
「す、すると、さっき私が食べたのは……」
 真治は急に胃が痙攣するのを感じた。そして、その場で嘔吐した。胃の中のものが空っぽになるまで吐いた。まだ未消化の肉片は、土の上にボタボタと落ちた。
「肩を貸そう」
 長吉が真治の肩を支えた。真治の顔は月夜に浮んでいたが、ほの暗い中でも青ざめているのがわかる。
「早速、警察と山岳救助隊に連絡しなければな。昔、この辺りには女に化けて人を襲うムジナがいたそうだ。そんな話、警察も信じないだろうがね」
「長吉さん、もう私は肉を食えませんよ」
作品名:迷いの森 作家名:栗原 峰幸