迷いの森
ぶっきら棒な長吉も真治の熱意に心打たれていた。少しだけ捜索を続けようと思ったようである。長吉はこの辺りの地形には詳しい。宵闇が迫っても迷うことは考えにくかった。
秋の日はつるべ落としと言われるほど、すぐに日が沈む。辺りが深い闇に包まれるのに時間はかからなかった。
「これだけ探してもいないということは、やはり沢に転落でもしたか……」
そう長吉が呟いた時だった。
「灯りだ。山小屋の灯りだ!」
真治が叫んだ。長吉がハッとして、真治の指差す方向を見る。確かにそこにはおぼろげな灯りが見えたのだ。
「おかしいな。ここらに屋小屋はねえ」
長吉が唸るように言った。そして銃を構える。二人は足を忍ばせながら灯りの方へ歩いていった。
それは粗末ではあったが、確かに山小屋であった。首を捻る長吉であったが、そこに確かに山小屋は存在していたのである。
そーっと真治が山小屋の中を覗き込んだ。
「あっ、美咲!」
そう、山小屋の中には美咲が座って、何かを煮炊きしていたのである。真治が叫んでも美咲は気付かない様子だった。ただ、鍋の中を覗き込んでいる。
真治は山小屋に入ろうと、扉に手を掛けた。それを長吉が「待て」と止めた。
「何故、止めるんだ? 中に美咲がいるんだ」
真治が不満顔で長吉を睨んだ。
「山姥かもしれねえ」
長吉の顔は真剣だった。
「山姥だって? 今のこの時代に山姥なんて……。渋谷に出没するのは知っているけど……」
「冗談で言っているんじゃねえ。ここらには山姥の伝説があるんだ。それにここに、山小屋などねえ!」
「だって、現実にあるじゃないか!」
真治が長吉に食らい付いた。長吉の顔には困惑と不安が入り交ざった表情が浮かんでいた。
「そんなところで騒いでないで、中にお入りなさいな」
山小屋の中から声がした。真治の耳にはそれは確かに美咲の声に聞こえた。
「美咲!」
真治は長吉が止めるのも聞かず、山小屋の中に飛び込んだ。
美咲は鍋を掻き回しながら、そこに座っていた。天井にはランプが吊るされており、遠くから見えたのは、ランプの灯りだったのだ。
「美咲、無事だったのか!」
真治の顔が思わず緩んだ。続いた長吉は緊張した面持ちを崩さない。
「ええ、何とかこの山小屋にたどり着いて……」
「あんたも人騒がせな人だな。昼になれば下山も出来るだろうに」