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迷いの森

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 美咲は症状も大分、快方に向かい、復職も近いと考えられていた。その復職を前に「紅葉狩りをしたい」と言いだしたのだ。真治も「趣味は多いほど良い」と言って賛同した。できれば美咲の紅葉狩りに付き添ってやりたい真治だったが、病院の予定がそれを許さなかった。結局、美咲は一人で紅葉狩りに出掛けることになったのである。
「どこへ行くんだい?」
「西丹沢よ。檜洞丸のあたり」
「ふーん。初心者が一人で山に入って大丈夫かい?」
「見損なわないで。私、これでも学生時代はワンダーフォーゲル部だったのよ」
 美咲は久しぶりに山に行くことを楽しみにしている様子だった。
 そして、今日の診察である。明日、美咲は西丹沢の「檜洞丸」の近辺を散策するという。女一人で山登りに行かせることが心配でないと言えば、嘘になっただろうが、かつてワンダーフォーゲル部に所属していたことを思えば、単なる取り越し苦労に終わるかもしれないと思う真治であった。下山したらメールを貰う約束を真治はしていた。

 そして美咲が紅葉狩りに行った当日の夜。真治は苛立ちながら彼女からのメールを待っていた。それは深夜になっても届かなかった。
(まさか、遭難……)
 そんな考えが真治の頭の中を過ぎる。真治は思い切って美咲の携帯電話に電話を掛けてみることにした。しかし、電波が届かないのだろう、携帯電話はつながらなかった。
 その晩、真治は眠ることができなかった。
 翌朝は普通に出勤した真治だが、診察中は目の前の患者のことより、美咲のことで頭が一杯であった。
 そして、夕方になっても携帯電話は通じない。
(これは、やっぱり遭難だ!)
 真治は患者が一区切りしたところで、同僚の医師に残りの患者を任せ、警察へと向かった。
「すみません、私の恋人が山で遭難したかもしれないんです」

 翌朝から美咲の捜索は開始された。警察と山岳救助隊による捜索である。
 真治も病院に休暇を願い出た。そして、自分でも美咲を探そうと思ったのだ。自分の恋人の安否が知れぬ今、己で探そうという真治の心情を理解できなくもあるまい。
真治の知り合いで猟友会のメンバーである高杉長吉という人物に協力を依頼した。長吉からは年に何度か猪鍋や鹿鍋の肉を分けてもらっている間柄であった。無愛想だが、西丹沢の地理に詳しく、頼れる男であった。
作品名:迷いの森 作家名:栗原 峰幸