お蔵出し短編集
「ねえ、ボクって人を見る目はあると思うんだ」
その子がそう言った。
「おじさんは、やっぱりボクを助けてくれたね」
繁華街の方の、ビルの隙間から、揺らめく陽の曲線が、姿を見せる。
「ボクに良いことがあるなら、そんな未来が、いや、あったんなら、みんなみんなおじさんにあげる」
オレはゆっくりと首を傾け、その子を、
「おじさんの、なんていうのかな、心を映してるそれ、今、とてもきれいだよ」
見た。
その子は、透けていて、まるで極小の蛍が肌から飛び立つように、笑顔をたたえたまま、
「そんなおじさんはもっと、幸せになって良いはずだよね。ボクは、そう思うんだ」
黄金色の光に姿を変えながら、
「だから、もう泣かないで。そんなふうに想いを引きずらないで。明日が今、もうここに来たんだから」
穏やかな声を紡ぎ、
「消えてしまう前に、ボクは、何かしておきたかったんだ。それが、おじさんとのお話で良かった」
オレの顔に手を伸ばした。
消えかけた手。
その手が、オレの頬に触れる。
驚いたことにオレは、目の前の事柄にあっけにとられ、
しかし、
涙を、一筋ぬぐわれた。
その指が涙をぬぐったことを確かめると、その子は、
心から、嬉しそうに微笑んで、
「ボクが逝くまで支えてくれたおじさんに、良いことがあるように、ボクは祈ってる」
昇りきった朝日の風に、解かされるように、どこかへかき消えた。