お蔵出し短編集
僕は、その長大な葬列の中で、ひとり異質な彼女に興味を持った。
記者としての血のような、漠然とした何かが、僕の中の好奇心に小さな火を付けた。
「こんにちは」
僕はそっと彼女に近づき、控えめに小さな声をかけた。
彼女が文庫に落としていた眼を、僕に向けた。
その一瞬、僕は心臓が普段より少しだけ大きく跳ねるのを感じた。
丸い瞳は墨のように黒く、大きく、その周りを添える部分は逆に、抜けるようにどこまでも白く。
うっすらと開いた小さな口元は、桜桃のように薄桃色で、化粧気が何も無いにもかかわらず、不思議な艶を併せ持っていた。
心の中でだけ、僕は深呼吸をする。
これは記者をしながら覚えた落ち着くためのおまじない、あるいは作法のようなものだ。
不意打ちを受けた時などには効果は絶大で、慣れた今はこれをすることで、わずか二秒で心の平静を取り戻すことが出来る。
彼女は、軽く小首をかしげて僕を観た。
肩までの黒い髪の毛がふわりと揺れる。
「ご参列の方ですか」
当たり前のことなのは分かっている。
しかし形式から入ることで、お互いに知っていることを確認し、そう言う手順を踏むことで、話というものは進みやすくなるのだ。
「はい」
と彼女が囁くような声でそう呟いた。
「私は、新聞記者の斉藤と言います。この度は御愁傷様です」
僕はそう言って、頭を下げながら、何気なく記者腕章を付けた左手を軽く前後に動かす。
彼女の視線がそこに向けられる。
ああ、と言うように眼を少し見開き、彼女がそこで一度軽く頷く。
そして、こくんと一度大きく頷く。
「差し支えなければ、少しだけお話を聞かせて下さい。あなたと国重氏とのご関係は」
僕はそう言いながら右手をジャケットのポケットに突っ込み、ICレコーダーのスイッチを入れた。
マイクはタイピンの所に挟んである。
「娘、です」
彼女は囁くような声であったが、はっきりと、そう言った。
僕は、それで一瞬言葉を失った。
娘。
この子が、国重氏の、娘?
「嫡出子ではありません。公にもされていません。それでも私は、娘です」
彼女は、淡々とそう言った。
つまり、この娘は、たった今『私は国重氏の隠し子である』と僕に告げたわけだ。
で、僕は、もう一度心の中で深呼吸をした。
思わず右手の中だけで、ポケットの中のICレコーダーを確認する。
そして、僕は質問を開始する。