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お蔵出し短編集

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その表情は無表情で、漫画でしか見たことがないようなでっかい黒縁のメガネが何とも言い難い見た目のアクセントになっている。
こいつが、僕を呼んだのか?
僕がそう思っていると『その返事だ』と言わんばかりに、その女は真っ直ぐ僕の所まで歩いてきて、挑戦的なにらみ付けるような眼で僕を観た。
「――写真は見た?」
彼女のその声は、僕の想像が正しかったことを意味した。

「何の用なんだ」
僕はだから、尋ね返した。
正直なところ、金銭を要求されても支払えるだけのアテはない。
何を言われても、きっと応じることは出来ない。
「そうね」
見知らぬ彼女はそう言って右手を顎に当てた。
「ついて来て」
そしてそう言うと、僕を一瞥するや、振り返り歩き出した。
僕は、彼女に従う。
センター・ウェイを、僕は、彼女に続いて歩いていく。

彼女が真っ直ぐ向かったのは、このテーマパークの一番の目玉アトラクションだった。
大きくそびえる二本一列のレールは、弧を描き、宙にうねり、その外見から既に搭乗者を威嚇するつもりに充ち満ちていた。
その名も『宇宙人・ライド・オン・コースター』。
一介の大学生である僕をして思うにでも、センスのないこと甚だしい。
「乗るの?」
と僕はうんざりした気分で彼女に尋ねた。
「乗るの」
と彼女はぼそりと呟くように応えた。
赤い小さな小屋のようなチケット売り場には、小太り中年の男性がひとり眠りこけていた。
「大人一枚」
と彼女が言った。
その声に驚いたようにびくりと身をすくめて、その男性は寝ぼけ眼を開いた。
僕が彼女の方を見ると、彼女はちらりと僕を一瞥して
「自分のチケットは自分で買って」
と言った。
半ば強制的に連れてきて、勝手なモノだと思いながらも、僕はここでも従う。
少なくとも、この女の意図が分かるまでは下手に出た方が良い。
小屋からチケット売りの男性が歩き出てきて、コースターのゲートに掛けられたプラスチックのチェーンを外した。
彼女がゲートの先に歩いていく。
僕はそれに続く。
うねり延びるレールを見て、僕はまたしてもうんざりした気分になる。

当然のようにコースターも僕らの貸し切り状態だった。
一番先頭に僕と彼女が座ると、バータイプのシート固定具を、またさっきの男性がガチャンと降ろしてくれた。
男性がのそのそと歩いて行く。
僕が何となくその姿を見ていると、男性はコースター乗り場の隅にある、さっきのチケット売り場とよく似た作りの小屋の中に入った。
そして、間を置かず録音されたアナウンスが流れる。
『本日は宇宙人・ライド・オン・コースターにご搭乗頂き、誠に有り難うございます。コースターは間もなく発車します。安全バーが膝まで降りているのをご確認の上、宇宙への旅にお備え下さい。――それでは、良い旅を』
これまた地味な女性の声だ。
何というか、盛り上げようという意図とか、迫力に欠ける。
だが、
その一方で膝の上の僕の手はじっとりと汗ばんでいた。
何しろ、僕はこう言った絶叫マシンが大嫌いなのだ。
怖いと言うよりも、無駄だというか、あほらしいというか、くだらんと言うか、何というか、つまり、
――やっぱり、怖いのだ。
ガタン、と体が揺さぶられる。
コースターは無情にも発進する。
下から見る限り、最初の上り坂は結構長かった。
そう言えば、このテーマパークが出来た時の売り文句が『日本で三番目に長い上り坂』とか言う、そいつを売りにして良いのかよく分からない文句だったのを覚えている。

「あの写真はどうやって撮ったんだ」
僕は、気を紛らわすために彼女に尋ねる。
「ああ、あの写真は、あなたを呼びつけるための罠よ」
彼女はさらっとそう言った。
罠?
「私、エスパーなの。あの写真は念写でデッチ上げただけ。だから、引っかかってくれて安心した」
がくん、とコースターが向きを変える。
最初の左カーブに差しかかる。
乗り場の建物を超えて、コースターの足下が桁だけの頼りないモノに変わる。
嫌だ。
「念写?」
僕は尋ね返す。
「私さ、学校内でほかの人の考えを読みながら歩くのが趣味なの。それで、あなたのことに気がついた」
彼女はそんなことを言う。
その顔は、コースターの行き先を見据え、僕の見間違いでなければ、口元が少し緩み――微笑んでいた。

ゴトン、とコースターがまた揺れる。
左カーブを過ぎて、もう一度レールが直線に戻る。

「面白いなって、思った。
 だから、正体が知りたいと思った。
 あれはあなたの妄想なのか、ほんとうの事なのか。
 秘密なら、暴いてみたいって。
 だから、ここにこうしてやって来て、あなたと二人でこれに乗ったの」

ガタガタゆっくり揺られながら、ぐっと腰の辺りから体が傾く。
僕の体が緩やかな角度で空に向かう。

「あなたには、クセというか、特徴がある。
 興奮が過ぎると、正体が出ちゃうのよね。
 過去もそれで失敗したことがあるんでしょ?
 でも、ここならほとんど大丈夫。
 誰も周りにいないし、気がつくのはきっと私だけ」

ガタゴトとコースターはレールを上る。
僕の手のひらは、もうびっしょりと汗をかいている。
彼女の独白を聞きながら『なあんだ』と僕は思う。

「ここってあなたのほんとうを知るには、きっとこの上ない場所よね。
『宇宙人テーマパーク』だなんて、冗談も良いところ。
 あのひとの娘としても、ネーミングとか、正直どうかと思う。
 ――ほら、てっぺんが見えてきたわよ?」

彼女がそう呟く。
レールは、さっきまで真っ直ぐに目の前に伸びていたのに、もうすぐそこで、空と繋がる。
湾曲し、下り坂へと姿を変えるためだ。

「あなたを見せて」

彼女がそう囁いたのは、コースターが頂点に上り詰めた一瞬だった。
ガクンと下り始めたそれは、急激に速度を増し、風を切った。
そのコースターの先頭で、絶えきれず絶叫する僕は、
滝のような汗を額に浮かべ、
無意識に銀色の地肌を晒し、
赤い眼でレール越しに迫ってくる地上を睨んでいた。

<了>

作品名:お蔵出し短編集 作家名:匿川 名