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お蔵出し短編集

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エスパーと宇宙人テーマパーク


きっかけは、宇宙からの一撃だった。
虚空を流れ、やがて墜ちる。
それは僕らの概念の中ですら小さな石に過ぎなかった。
しかし真空の宇宙空間を超えて、大気の厚い層における猛熱に耐え、これを破り、ついに地球のツラに強烈極まるデコピンのように一撃をぶちかましたのは、まさにその他愛もない小石だったのだ。
だが、一撃を受けた町は、これを是とした。
なんとそいつをきっかけにして墜落地の町長は『町おこしのために』と、一大テーマパークを建設することにしたのだ。
その名も『宇宙人テーマパーク』。

やって来たのは宇宙人なんかではなく、ただの虚空を超えて墜ちてきた小石に過ぎないというのに、だ。

宇宙人まんじゅうに宇宙人せんべい、宇宙人ストラップに宇宙人サブレ。
テーマパークでは様々な商品が作られ、販売された。
最初の一年は業績はそれなりだった。
何しろ連日テレビが取り上げたのだ。
客足は順調に伸び、休日には家族連れがごった返した。
しかし、それも一年だけのことだった。
そもそもへんぴな場所にその町はあった。
交通の便が悪すぎた。
だから、このアホなテーマパークのことについて、およそ二ヶ月近くも報道の隅っこで名前を聞くことがあったのは、寧ろ驚異的と言えた。
しかしやがて報道は次のネタを仕入れると、『宇宙人テーマパーク』のことなどそっちのけになった。
なので、あっという間に寂れた。
そもそも、無理があったのだ。
一つしかない持ちネタでは、どれだけ頑張っても、芸人なら『一発屋』で沈む。
まさに『宇宙人テーマパーク』は『テーマパーク界の一発屋』だった。
それに、言うならば『そもそも』がいけない。
はじめに言ったとおり、看板に偽りがあるのだ。
そもそもこの町は『隕石が墜ちてきた』だけで、宇宙人なんかとは縁もゆかりもないのだ。
そこをネズミのマスコットが跋扈するテーマパークのように、いかにもな銀色の体で巨大な赤い眼をした『宇宙くん』なんてのが跳んだり跳ねたりしても、胡散臭いばかりで魅力とかそう言った重要な訴求力を持ち得るはずもない。

ましてや、今現在平日の『宇宙人テーマパーク』は閑古鳥ここに極まれり、あるいは僕だけの貸し切りテーマパークと言っても良いような始末だった。
風が吹けばかさかさと、どこから飛んできたのか分からないような丸められたパンフレットの紙が転がる。
閉鎖は近いんだろうなとか、悲観的ながらも現実を直視した意見を僕は脳裏で呟く。
断言出来る。
こいつを立て直すのはどんな会社の敏腕名物社長でも絶対に無理だ。
町長は来期の選挙では、この責任を取らせられるのは間違いないだろう。

では、なぜそんなテーマパークに『僕』がいるのか?
答えは、右手に握った携帯電話の中にある。
それは、見知らぬアドレスから届いた一通のメール。
『秘密を暴露されたくなければ、宇宙人テーマパークにひとりで来い』
添付されていたのは、僕と彼女の、全裸の写真。

なぜ、どうして、いつの間に。

とか考えるまでもなく、まあ、写真に写ってた場所が場所だけにすぐに察しがついた。
ラブホテルの中で、僕はシャワーを浴びた後で、全裸というか、正確に言えばタオルを一枚体に纏っている。
一方彼女はまさに全裸で、後ろ向きにきれいなお尻をその中に収めている。
僕は、せめて纏ったタオルが濡れた髪を乾かすために頭の上ではなく、腰に巻かれたモノならば、きっとここには来なかっただろうとか、そんなことを思っていた。

彼女とは二週間前に切れている。
大学の新入生コンパで知り合って、なんとなく仲良くなって、それなりのプロセスを経て、呆気なく関係は終わった。
別れに理由らしい理由もなく、きっとそのうちに深く仲良くなれるだろうという気持ちから勿論つきあい始めたはずだったのに、それでも微妙に気持ちがしっくり来なかった。
それは僕だけじゃなく、彼女も同じだったのだろう。
口数は、体を重ねても増えず、それが不快ではなかったものの、単純に一緒にいて、物足りなかった。
別れようとは言わなかった。
ただ、会わなくなって、一ヶ月もした頃に『彼氏が出来たの』と彼女から聞いた。
ひっくり返して、それはつまり僕がその時点でそう言った立場ではないという、彼女の考えを表した。
それが今から二週間前のことだ。
僕はその時、多分「ふうん」と返事をした。

それで、閑古鳥の鳴くテーマパークの中で、僕はふと「彼女の所にもこのメールは届いているのだろうか」と思った。
しかし、彼女か彼女に近しいものがこのメールを送ったのなら、その可能性は低いだろうと思った。
だが、彼女がこんなメールを送りつける意味を僕は考えつかない。
僕らはなんとなく始まり、なんとなく終わった。
そのプロセスはある意味空虚なばかりで、後腐れのようなモノは、僕が感じる限り何も無かった。
果たしてこの写真は彼女が撮ったものなのか。
後ろ向きの彼女は、そのきれいなお尻が自己主張するのみで、顔が分からない以上、とぼけることはいくらでも可能だ。
一方僕はと言えば、ぷらんとだらしなくぶら下がるモノと、バカみたいに頭にタオルを掛けて口を半開きにした顔がバッチリと写されており、友人知人なら『なにやってんだコイツ』と一発で面割れすることは必至な一枚だった。
『僕だけ』が特定出来る写真。
それならば、彼女が撮影し、何らかの意図を持って僕に送りつけたとしていてもおかしくない。
だけど、これ一枚とは限らない。
彼女の顔が映った写真が彼女の所に送りつけられている可能性もある。
『ラブホ盗撮』なんてアダルトDVDの世界だけだと思っていたが、案外そういう訳でもないのかも知れない。
盗撮用カメラでもあったのかと、アングルからあのラブホテルの間取りなどを考えてみるが、初めてで一度だけ入った所だったので、そこに何があったのか全く思い出せない。

ところで、僕はどこへ向かえばいいのだろう。
テーマパークは某ネズミのアレに比べれば圧倒的に狭いのだろうが、それでも、それなりに広い。
『ここに来い』と言うから僕は来た。
しかし一方で『テーマパークのどこに来い』という記載はなかった。
つまりそれは、ここで僕は誰かとどこかで会うのだろうが、どこに行けばいいのか皆目見当がつかなくなるという、実にマヌケな事態を必然的に招くことを意味した。
結局、僕はゲートを抜けてそこでぽつんとしばらく立ち尽くした。
どこへ行こうか?
そう思っていると、ふと目の前の休憩所に赤い自動販売機があるのに気がついた。
僕はとりあえずそっちに歩いて行き、小銭を入れて冷たい缶コーヒーを一本買い、爪を立ててプルタブを引いた。
さて。
一息ついて、どうしようかと漠然と考えながら振り返ると、誰かがこっちを向いてるのに気がついた。
『センター・ウェイ』と名付けられたパーク一番の(あるいは唯一の)大通りを、向こうから真っ直ぐ僕の方を向いて、女がひとり歩いてくる。
肩までの髪に、細面の顔。
葬式でもあるまいに、黒のパンツに黒のジャケット。
全体的に身体は細い。
年格好は僕と同じくらいだろうか?
その容貌は、親父が古いビデオを処分する時に何となく見た、ずっと昔にいたタレントの『何とか八郎』みたいな、少し怪しげな雰囲気だ。
作品名:お蔵出し短編集 作家名:匿川 名