お蔵出し短編集
『拝啓
季節は夏になろうとしています。
汗が額から垂れるので、この手紙に沁みてしまわないかと不安に思います。
だけど、僕は綴ります。
貴方のところに、僕のこの文に託した言葉が届けばと、今はただそれだけを思っています。
住むところが離れるというのが、こんなにも心に堪えるものだと言うことを、僕は知りませんでした。
今でも目を閉じるだけで、僕には貴方の姿を、暗闇の中に浮かぶ一条の輝きのようにして見ることが出来ます。
そしてそれは、僕の喜びです。
僕だけの喜びです。
僕には僕にまだそれだけの力が無いため、貴方と共にいられないということが辛く、貴方もまたそう思っていると、貴方からの手紙で告げられたことに、複雑な気持ちを抱いています。
ひとつには、足りない自分の現在の力量に対する不甲斐なさです。
これに関しては単なる等身大の事実なので、説明の余地すらないでしょう。
しかし一方で、僕が自身で嫌気がさすことには、貴方がまた僕に抱いてくれる思いに、感じている切なさに、反面嬉しいような気持ちを感じているのもまた真実であるからです。
自分の自己中心的な感性に腹が立ち、しかし、貴方から伝えられた暖かな想いに溺れてしまいがちな自分に、またやるせなく思うのです。
自分が混乱していると言うことは理解しているし、貴方がこのような手紙を受け取ったとして、決していい顔をしないことも理解しているつもりです。
だけれども、僕は、それでも貴方に伝えたかった。
僕の醜い面と、愚かしい面を、僕を好いてくれているという、貴方にこそ。
可能なら僕も今すぐ貴方と在りたい。
だけどそれは僕のエゴイズムにしか過ぎないのだと思います。
僕は今しばらく自分を磨く必要があるのです。
貴方が好いてくれるのなら、少なくともその気持ちに堪えられる程度の器を持った男になるまでは。
だから、僕はまだここにおりますし、貴方のことを考えつつ、様々なことに励むつもりです。
貴方というかけがえのない人から捧げられた愛情に、十分に応えることが出来る男になるまでは、僕は励むつもりです。
また、いずれお会いしましょう。
その時には必ず、僕は貴方の気持ちに相当するだけの自分を磨き上げ、築いていたいと思います。
それまでは、文を綴り言葉を交わすのみでしょうが、ふがいないそんな僕をどうかお許し願えればと、そのように厚かましいことばかりを考えてしまいます。
しかし、どうもいけません。
文章にすると、言葉よりも気持ちが走ってしまう。
だから、これ以上醜態をさらす前に、筆を置くのがきっと賢明なのでしょう。
足りない気持ちが綴った乱暴な文章をどうかお許し下さい。
それでは、また。』
―――そして、父の名前