お蔵出し短編集
初七日が終わり、僕らは家の中で何かが欠けた感覚を抱え、そろそろどうかな、と遺品の整理でもしようかと思い始めた頃だった。
僕らというのは勿論、僕と母のことだ。
二人で父の書斎に入ると、埃っぽい臭いがした。
まだ建てて三年経たず、父が死んで一週間程度なのに、もう何だかその部屋だけ特殊な時間の経ち方でもしたかのように、10年はそこでそのまま時を刻んでいたかのように感じられた。
「なんだかアレよねえ」
と母が言った。
僕には何が「なんだか」で、「アレ」なのか分からなかったが、曖昧なまま頷くだけ頷き返しておいた。
「片付けた方が良いのかしら?」
母はさらにそんなことを僕に訊いてくる。
僕は、
「最初に『片付けなくちゃ』って言ったのは、母さんだったと思う」
と端的にこの部屋に至るまでの経緯を言葉にして説明してあげた。
母はふうとため息をついた。
「はいはい、あんたの言う通りよね。でも、何をどうしたらいいのかさっぱりだわ」
母はそう言って部屋の中をぐるりと見渡した。
それもそうかも知れない。
埃っぽい感じは別にしても、この部屋には一週間前まで生きた人が住んでいたのであって、その証がそこかしこに残されているのだ。
いなくなった人のスペースは片付けた方が良い。
でも僕ら二人で暮らす家に、何らかの事情で手を付けていない部屋がひとつあったところで、生活には何ら困るところはない。
複雑な思いだった。
父はもう居ない。
だからこの部屋は、使う主がもう居ないという意味で、無駄な部屋には違いない。
しかし同時に、母と僕が二人の家で父の部屋を片付けたところで、結局は『綺麗な空き部屋』がひとつ増えるだけに過ぎないのだ。
だけど、
僕は部屋の中に踏み入って、持ってきた段ボール箱を広げて組み立てた。
底の部分をガムテープでH字に貼り固める。
してもしなくても変わらないことであるなら、しようと決めた時にすることにした方が、きっと良いのだ。
無言の僕に母もため息をひとつついて、結局は倣った。
僕は父親の書斎の中から、まずは机に向かい、引き出しを袖机の一番上から順番に引き開けては文房具やノートの類の箱詰めや整理を始めた。
淡々と作業は進む。
僕も母も口を利かない。
そして僕はふと気がついた。
こうした作業を通じて、僕らはある意味『みそぎ』をしているのかも知れないと。
父との決別のために、こうした単純作業は実は結構効果的なのかも知れないとか、そんなことをそっと考えていた。
その時、
袖机の奥に、何かが見えた。
引き出しのさらにその奥だった。
書類が何か落ち込んでいたのかとも思ったが、覗き込んで違うとすぐに分かった。
そこには整然とした形で、小さな書類の束が一山小積み上げられていたのだ。
それは、
まるで、
そう、
いくつもの四角い小さな封に入れられて重ね上げられたその姿は、父がそっと隠していた手紙のようだった。