お蔵出し短編集
僕たちは父が換金をした後に、引っ越す事にした。
地元の銀行で換金をした直後から、実は恐ろしい事なのだが、電話がかかって来はじめた。
『宝くじに当選すると親戚が増える』と言うが、あれは事実だった。
信じられないような遠縁を申し立てる名前も聞いた事がない男から『一千万円貸してくれ』とか言う電話が来た時には、不気味を通り越して恐怖を覚えた。
実際、僕ら家族は多分誰にも秘密を打ち明けていなかったのだから、情報が漏れるとしたらおそらく銀行からなのだろうけれど、僕らにそれを責めるだけの根拠は残念ながら無い。
しかし徐々に日を追いそう言った電話が増えるにつれて、父はさらに決断した。
みっつめの決断。
僕たちはそうして南国土佐こと高知県に引っ越した。
親戚もなく、縁もゆかりもない土地だったが、『住むなら暖かいところで』と言う母の意見を父が採用したためらしかった。
そしてこの土地に父は家を建てた。
さらにこのとき父はもうひとつの決断をした。
よっつめの決断。
だが、その決断は、およそトンチンカンなものであるとしか僕には思えなかった。
換金は、生まれた裕福になる権利に対する父の決断で、
仕事を辞めたのは、父の人生に対する決断で、
引っ越しは、つまるところ僕らを守るための父の決断で、
そして、この決断は―――
父の趣味であり、唯一のワガママであった。