お蔵出し短編集
その日、父は会社を休む事にした。
体調不良と電話口で説明していたようだったが、事態に戸惑うばかりで土気色のその顔色からすれば、決してウソではないと言えた。
宝くじの賞金は2億円。
しかも父は連番で買っていたので、前後賞を併せてしっかりと4億円を当てていた。
だが、
その4億円という数字は父を不安にさせたようだった。
何しろ僕が噂に聞いたことがある『サラリーマンの生涯賃金』とやらからすれば、そいつはざっくり2倍程度だ。
40代半ばの父からすれば、その気にさえなれば『残りの人生に対して堅実に生活する』という約束と引き替えに、生涯規模の有給休暇を得たようなものなのだ。
その結果父は、いくつかの決断した。
ひとつめの決断。
まず、宝くじは換金する事にした。
そしてふたつめの決断。
父は、それまでしていた仕事を辞めた。
銀行で父が換金手続きをしている時に、通された別室で銀行の人から『宝くじが当たった方へ』とか何とか題された薄い冊子を貰い、そこにいわく『急に仕事を辞めてはいけません』とあったらしいのだが、それでも父は辞めた。
母は引き止めなかった。
父がそれまで続けてきた苦労を知っているからこそ、母は父の意図を尊重したのだと思う。