お蔵出し短編集
だから、街を歩くと僕は視線を感じる。
それが芸能人ゆえの有名税であっても、僕の場合ありがたくない興味からその課税に上乗せがされている。
たった一度の過ちなのに、
吸ったのは一口だけで、
それと知らずに半ば脅されて先輩に勧められたのに、
僕の人生は、それで完全に道を誤ることとなってしまった。
僕の謹慎はいつ解けるのか知らない。
あるいは僕の芸能生活はこのままフェードアウトするのかも知れない。
僕が感じるのはそんな漠然とした不安で、抜けるあてのない暗闇のトンネルをくぐるような恐怖で、辿り着く先に対するある種の絶望のような、そんな思いばかりだった。
だから、たまたま立ち寄った本屋で立ち読みをしていると、携帯電話が鳴ったときに僕はもの凄く驚いた。
何しろその着メロはビートルズの『オール・ユー・ニード・イズ・ラブ』で、つまりは僕の事務所が僕を呼ぶときに鳴り響く音楽であったからだ。
僕はしばらくぶりに聞くその着メロに驚き、回りの目を避けるように早足で店を出ながら、口元を何となく手で覆い隠したりなんかして「もしもし」と小さく送話口に辺りに囁いた。
その時僕の内心をしめていたのはそれが「仕事の電話」であって欲しいという希望と、それともついに現実になった「解雇」の連絡ではないのかというにっちもさっちもいかない恐怖心が半々だったが、
現実は、
それらを、
軽く凌駕、した。