血と肉。
私は迂闊な行動を取った自分を心底恥じ入りました。卑しい欲望を見透かされたかと思うと身体が震えて動悸が激しく胸を痛ませます。
しかし私の動揺は最初から論点外だったようで、聖女の様に微笑し私の掌に樹海で出会った時の容姿を思わせる真白な貝殻の髪留めを握らせました。貝殻の中には何千何万回と繰返された潮騒の音が閉じ込められ、耳朶に触れた一瞬に波の記憶を解放すると教えられます。
村から離れ未だ見ぬ海辺で異邦人と共に生涯を過ごす。甘い誘惑に首肯する以外の選択肢は存在しませんでした。頬に聖痕が表れた時から私の運命は決まっていたのです。
最早逡巡することもなく、彼女の温かな手を握り胸前で抱きしめました。
故郷の土地と家族を捨てて自分の幸福を望むまで懐柔されたのは、己の精神の怠惰であり腐敗である。多角的な視野では叡智の獲得が浮上するが安易であり、やはり純正な精神の敗北に等しい。
私は自分の信仰と理性が情念に焦がされる愉悦と悲哀に、甘美な絶望の味が添えられていると知りませんでした。禁断の果実への渇望を癒すには楽園を出る他ありません。
成長を拒否して無邪気な幼児の姿を望んでも叶わぬように、幼形で成熟する無知の盲人の日々を回顧しても違和感の稲妻が我が身を撃つでしょう。
実を言えば、外の世界や都会にそこまでの興味はありませんでした。
私はただ彼女のそばにいたかったのです。
祖父母は何となく予想していたのでしょう。
村を離れる決意を語られると、一張羅の着物と小さな木の小箱を私に手渡しました。
そして寂しそうに一度微笑むと、黙って私に背を向けました。