刹那にゆく季節 探偵奇談3
「高木が一年のとき、この肝試しで失神してるんだ。脅かし役の先輩が上手で」
「し、失神ですか…須丸くん大丈夫かなあ」
瑞はその先輩と組んでいる。面倒くさそうだな、と郁は瑞に同情する。
「一之瀬は須丸と仲いいな。付き合ってるのか?」
そんなバカな!突然の発言を、郁は両手を振り回して否定した。
「そんなわけないです!!大いなる誤解です!!同じクラスなだけです!!わたしはちゃんとほかに好きなひとがっ…」
好きな人が、の続きが出てこない。宮川が、いつものクールな表情で郁を見ている。
「す、っ、好きなひと、がっ、」
「ん?」
憧れの先輩と、見つめ合っている。(気がするだけで、宮川は不思議そうに郁を眺めているだけである)
そのとき。
ぶうん、と音がして郁の首にチクリと鋭い痛みが走った。
「ぎゃあっ!!」
「なんだ?」
「首になんかひっついたー!!やーー!!いやーーー!!!痛いー!!!とってーーーー!!!」
パニックで手足をばたつかせる。なに?これも脅かし役の先輩の仕業?怖い!痛い!ばたばたひっくり返った郁の首から、宮川が原因となったものをひょいと取り除く。
「カブトムシだよ。懐中電灯の光によってきたのかな」
「カ、カブトムシ~?」
なんて空気の読めないカブトムシだろう。
「大丈夫か」
「すみません…虫、あたしほんとだめで…」
「でかいな、さすが山奥」
高く売れそう、という、宮川だが、郁にとってはただの恐怖だ。ぶぶぶ、と羽が動くのを見ているだけでおぞましい。幽霊よりも、こっちのが怖い。
「立てるか」
「こ、腰が抜けちゃって…」
「ほら」
郁の前に、屈んだ宮川が手を差し出す。
(うわ…っ、)
ぶっきらぼうな先輩が、女の子にこんな気づかいができるんて。郁には衝撃的だった。顔が一気に熱くなり、胸がいっぱいになる。不愛想だし女の子の扱いなんて全くわかってなさそだもん、なんて美波に言ったけど、本当は違うのかもしれない。もしかしたら、郁が知らないだけで、優しくて紳士で、すごく気遣いできるひとかもしれない。つまり、王子様?
(どうしよう、動けない…)
固まっている郁にため息をつき、宮川が郁の手をぐいっと引っ張った。起き上がった郁は、宮川を見上げる。
「あ、ありがとうございます…」
「行こう」
握ってくれた宮川の手は、あったかくて大きい手だった。力強く握ってくれた感触が、右手にまだ残っている。胸がぎゅーっと締め付けられて声が出せない。心臓がばくばく動いて、呼吸もしづらいくらいだった。
作品名:刹那にゆく季節 探偵奇談3 作家名:ひなた眞白