キミをわすれないよ
僕の毎日が楽しく変わると思った。
今度は何を話そうかな?と気分が高まってはいるのに あれからほとんど話せていない。
(何故だ?)
仕事の休みの日に これを買った店へと出かけた。しかし、店の扉は閉ざされたままでノックをしても反応もなかった。内側から下げられた《CLOSED》と書かれた板切れも日焼けして字も擦れていてやっと読めるくらいだった。それに先日見間違えたかと思った扉の木枠はやっぱり朽ちてペンキは剥げ落ちていた。何とか蝶つがいで支えられてはいるものの 一度開けたら扉が落ちてしまいそうなほど傷んでいた。
(どうなっているんだ?)
物語にありがちなの不思議シーンのような出来事が、僕に起きているのだろうか。
僕は店先の二段ほどの階段をあとずさりで降りると、ポケットから携帯電話風の彼女を取り出した。電源は、ONになってはいるものの、何の反応も見せない。
「どうしたんだよぉ…」
僕は、またポケットに押し込むと振り返り歩き出した。
家に帰る方向とは逆にある小さな公園のような広場へとやってきた。
公園に入り口付近にあるモミの木に電飾が取り付けられていたが、点灯式は明日の夕方と貼り紙がしてあった。僕は、入り口のタイルの貼られた石垣に腰を掛け、ポケットのそれを出して眺めた。
「彼女さん、起きてくれよ。なんでもいいから喋ってくれよ」
自分が幻想の中で独り芝居をしているようで、周りから可笑しな目で見られているような気がして現実を知りたかった。
『名を名乗れ! うふふ』
手の中でそんな言葉が聞こえた。
「えっ、昔の時代劇みたいだな。そうだね、お互い自己紹介していなかったね」
僕は、画面に書かれた指示に従って 自分自身の名前と生年月日を告げた。
『登録しますか?』
「はい」
『登録完了です。本機に彼女の名前のご指定があればお話しください』
「きみの名前かぁ…携帯電話の彼女だから」
「認識中! 『ケ・イ』 完了」
「お、おい。まだ決めてないよ」
すると、画面一面が青くなった。どうなったのかと眺めていると、真ん中辺りに小さな小さな絵文字が現れると動き出した。
『はじめまして。ケイです』
「は、はじめまして。ってはじめてじゃあ…ないよね」
『設定前は借りものですので 記憶より消去なさってください』
雰囲気の変わった彼女に僕は戸惑いを感じながらも楽しみになっていた。