キミをわすれないよ
そして、街が変わった。
その日の通勤の時だった。陽が沈むには、まだ少し早い時間だったが充分傾いていた。見る場所によっては、その形も見えなくなっていた。暗くなる速さが増しているようだ。
ちょうど赤信号にかかり交差点に停まったときだ。
急に 僕の視界に光が走った。(眩しい!) 車内に光が突き刺さったように射し込んで消えた。すると、木々に付けられた電飾が次々に灯り始めた。
(もうそんな時期だったのか。ちょうどいい時を見られてラッキー。やっぱり綺麗だ)
車内から見る景色。昨日の通勤時間には いつもと変わらない風景だった道が、電飾の明かりで見違えていたのだ。
フロントガラス越しでもいい。できることなら、この道を誰かいや彼女と見上げながら歩きたい。まだ叶わぬ夢物語だけれど諦めてはいるわけじゃない。
つい見入ってしまっていたが電飾に目を奪われてばかりもいられない。此処は車道なのだ。
隣の信号が点滅を始めて ふと僕は思い出した。
ドライブのお伴にというわけではなかったが、もっと取り扱いを知りたいとあの携帯電話風のものを車に乗せていた…… はずだったが「あれ? どこに転がった?」置いたはずの座席にない。片手を伸ばし、助手席とドアの隙間を調べてみるが 手に当たらない。
「どこだぁ? どこいったぁ?」
『くらい』
僕は、ぞっとした。
(空耳か!?)
まだ停車中で良かった。もしも運転中ならば、わき見運転をしてしまったかもしれない。身動きできずにハンドルを切りそこなっていたかもしれない。
目の前を進行していた車が止まり始めた。そろそろ信号が変わる。
僕は、助手席のシートの下に腕を伸ばすと手に触ったものを掴んでシートの上に出した。
(あ、あった)
『よかった』
(まただ…)
見るに見られない恐怖が僕の背筋に走った。
こんな時期のホラーなどあってはいけないと一生懸命思い込もうとしていた。
(ハロウィンは終わったんだぞ)
信号が青になり走り始めると、徐々に落ち着いてきた。そして、あの店主の言っていたことが思い出されてきた。
「これの使い方はいたって簡単。スイッチでONとOFFだ」
小さな丸いボッチはあるが、ほかにコードの挿し口も見当たらない。
「電池ですか?」
僕は、二つ折りのそれを開いた。
店主は、それを僕から取り上げるとほくそ笑んだ。
「どこにどうやって? これ充電式ですよね?」
「充電は充電だけどね。こんな感じだな」
店主は、携帯電話を両手で挟み、まるで温めるように擦ってみせた。
(なんだか可笑しい……)
「これの取説とかは」
「取扱説明書は……。まあ 内蔵されているということかな。起きている時に訊くがいい」
「訊くって 誰に?」
「この子にだ。私からの注意は、落とさないこと。優しく大切にしてやってくれ…… まあこれはあんたしだいかな。お買い上げありがとうございました。幸せにな」
店主は、終始客に対する言葉使いではなかったが 帰るときだけは丁寧で愛想が良かった。
誤魔化されたような不可思議な空間に気持ちだけ取り残されたまま、僕は部屋に帰ってきたことも思い出した。