キミをわすれないよ
木枠の扉を引き店に入ると、この店の店主らしき男がレジのところに座っていた。グレーとエンジ色のニット帽をかぶり、裏ボアのチェックのネルのシャツにダウンベストを羽織った五十代前後の普通っぽいおじさんだ。
いらっしゃい。でもなく視線をあげただけで 手元に広げた雑誌にまた目を落とす。だが、なんだよぉ。と不快にも感じない不思議な空気感が、逆にほっとした。
好きな歩幅で店内を見て回った。さほど広くない店内なのに見たいところがたくさん詰まっている感じだ。一度ならず、再び見てしまう処もあった。
(これなんだろう?)
塩ビの携帯電話にも見える。そっと触れてみると、(ふにゃ?)なんという感触だ。手に取って見ていいのだろうか……
「すみません。これ見せてもらっていいですか?」
店主は、雑誌を置いて僕のところまでやってきた。
「これかい? 落とさないでくれよ」
「はい。これはなんですか?」
これはなんですか? 自分でもどうしてそう訊いたのか可笑しかったが、今までの僕の知識や常識の中でも使い方の想像がつかないもののような気がした。
「あんたが買うのか?」
「あ、妹への贈り物を探しに寄ってみたんですけど」
「なら、これはやめておいたほうがいい」
そういうと、さっさとレジのところに戻っていってしまった。
さすがに僕も気分が悪くなったので 手に取ることをやめ、店を出ようと思った。
しかし、ほかの処には、妹が喜ぶんじゃないかというものが並んでいる。僕は選んでレジでプレゼント用に包んでもらうことにした。予定していた値段よりもずいぶんと安く上がった。値段じゃないさ。と思いながらその包みが出来上がるのを待った。
待っている間、どうも気分がわさわさと落ち着かない。ほかに客も入ってきたわけでもないのに背中側が気になる。手にあの感触への欲望を感じた――もう一度触ってみようかな――気になった。
まだ 店主は包み終わってないらしい。
僕は、さきほどの携帯電話のような物を見に行き手に取った。素材の所為か滑らかな曲線が掌に馴染んだ。見た目よりもやや重たかった。緊張して持った所為だろうか、頭から血が下りていくように寒気を感じたと思ったが ひとつ鼓動が強く打ったかと思った途端に胸が熱くなった。
(このままこれを置いていきたくない)
僕は、店主に何やら言われたが忘れてしまった。しかし、帰宅して、手元にあるということは買ったということなのだろう。