キミをわすれないよ
仕掛けてあった目覚まし時計が鳴った。
いつもなら、目覚まし時計が鳴る前にすっきりと起きられていたのに 昨日――といっても日は変わって今日のことだけれど――は、布団に入ってからも落ち着けず うつらうつらとしても寝返りを何度となくして、眠りにつけたのはしばらくしてからのことだった。
目覚まし時計のアラームを止めてからも 布団の中でぐずぐずとしたまま起きたくはなかった。
「ケイは何であんなことを言ったんだよ」
天井を眺めながら 僕はふとそこに浮かべたのは母の姿だった。
母は、父親の顔色をみては 僕に接していた。父が厳格とも 母が慎ましやかとも思いはしなかったが、どこか取り残された寂しさを感じていたように思っていた。
実際の母の胸の内は わからない。
だけど、あのときこんな話をしてくれたら…… と思うことがあった。
いつの頃からか 夢を見るようになった。
静かに語ってくれる母の姿。僕の想像が作りだした幻想。
あ。
「ケイ? ケイ、おはよう」
僕は、今日もケイを胸のポケットに入れて出勤した。
夜の休憩に外に出てみた。
寒空の下、向こうのほうに高いところだけ通りのイルミネーションが見えた。
「ケイも見える? 僕よりも上で見てごらんよ」
僕は、腕をめいっぱい上げ、ケイを高々とそちらに向けた。
『綺麗だね。忘れない』
「え、何?」
その夜が終わる頃、ふっと吹き消したろうそくのように その街の景色が暗くなった。
「ケイ、もう終わっちゃったね」
僕は、手を下げた。
ケイを握る手の感触の違和感に 手の中を見た。
そこには、ふにゃとした感触も少し重たい重みもなかった。何よりも見て驚き、声が出せず、涙が頬に伝った。少しも泣いているなんて感情が胸にないのにどうしたのだろうか?
そのまま、胸ポケットにしまい、続きの仕事を終えた。