眠りの庭 探偵奇談2
眠るは涙
夏はすぐそこだ。からりと晴れ渡った空。教室の窓から見える町は、きらきらと太陽の眩しい光を反射している。
(左足から入る、1、2、3歩目で足をそろえて、揖…踵を使って…)
郁は教師の話を聞き流しながら、頭の中で部活の真っ最中であった。ゴム弓、巻き藁だけの稽古を卒業して、もうすぐ的前に立てる日が来る。そのシュミレーションを繰り返し再生する。覚えることがいっぱいだ。でも早く、憧れの先輩や、瑞のように弓を引きたいのだ。
「うーん…」
月初めの席替えで、隣になった瑞が呻くのが聞こえた。窓際後方、最高の席だと二人で喜び合った。いつもはちゃんと前を向いて授業を聞いている瑞が、今は両肘をついて、髪の毛をぐしゃりと掴んだ姿勢のまま固まっている。
「…うるさい、」
囁くように彼は言った。うるさい?
中庭の工事の音を言うのだろう。
郁らの教室がある普通科棟。その向こうにある商業棟と実習棟の間の中庭で、工事が進んでいるのだ。地面をめくって芝生を植えるのだそうだ。
そのため機械の音が絶えず響き渡っており、そのすぐ脇にある実習棟は、授業に支障が出るからと現在使用されていない。郁らの棟まで、確かに工事の音は響いてくるが、頭を抱えるほどのやかましさではない。少なくとも郁には、そんなストレスには感じないのだが。
教師の声だってクリアに聞こえるし、この教室には大きな支障はないのに。
「ねえ大丈夫?」
「ん…響くんだ、」
うるさいな、と苛立ったように彼が言い、きつく閉じていた目を開けた。
「!」
その見開かれた目が、ぎょろりと前を見た。一瞬だけの、別人のように怖い目。
「…須丸くん、平気?」
「え?」
こちらをきょとんと見つめる目は、いつもの瑞の目だった。なんだったのだろう。
「保健室いく?」
「いや、平気。ごめん」
それきり瑞は前を向いてしまった。しかし時折かきむしるようにミルクティー色の髪をかきまぜるのが気になった。いつもはしないその苛立ったような仕草に、郁は違和感を覚えるのだった。
何をそんなに苛立っているのだろう…。
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作品名:眠りの庭 探偵奇談2 作家名:ひなた眞白