眠りの庭 探偵奇談2
満ちるは光
夢を見ている。瞼をすかして、やわらかな光を感じる。温かい風が頬をなでるような。
「…あれ?」
目を覚ますと、美しい草むらに倒れていた。緑の山野。鳥の鳴き声、向こうの沢からは水音が聞こえてくる。ああ、春なんだなと瑞は思う。春の美しい山。見たことのない風景。温かく、優しい。
「すまんかったの」
声をかけられ振り返ると、白髪の少女が立っていた。ああ、狐だ。不思議な声をした、幾度となく夢で聴いた声。
「…ここはどこなんだ」
「われのいた山だ」
今はもうない光景。裏山にまだ、人間の手が入っていなかった頃の。
「取り戻せないことを、悔いているわけではない」
少女は続ける。草の上に手をつく瑞の指先に、テントウムシがとまった。
「また失うのかとおもうと、恐ろしかったのだ」
ああ、神様の使いでも、そんなふうに喪失を恐れるのだな。人間と同じに。急速に、この不可思議な魂に親近感を覚える。怖かったのか。恐ろしかったのか。温かなひとを、失うことが。
二人の間を柔らかな風が流れていく。過去から吹く風。かつてあった愛おしい場所に吹く風。
「すまんかった」
再び詫びられる。なんだか居心地が悪くなる瑞だ。
「俺も怒鳴って悪かったよ…」
そう言うと、少女は目を細めて笑った。
作品名:眠りの庭 探偵奇談2 作家名:ひなた眞白