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幻燈館殺人事件  前篇

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 宿に着くと老婆は驚いた様子で目を見開いた。
「あれ花明さん、その姿はどうなさったので?」
「大した事ではないのです。いや、それより素晴らしい出来事でした!」
 興奮する花明の話を、まるで得ないと言った様子で困惑する老婆を前に、花明は意気揚々と口を開く。
「幻燈館の方と御縁ができましたので、今晩はあちらでお世話になってきます」
 いそいそと荷物を纏める花明の背中に老婆が静かに声を掛ける。
「幻燈館の? それは良かったですなぁ。あそこはこことは比べ物になりませんからなぁ」
「いえ、そんなつもりでは」
「しかしね花明さん……。一つだけ忠告させて下せぇ」
 高揚する気分に水を差すかのようなその言葉に、花明は少し白んだ。
「なんでしょう?」
「幻燈館では決して例の……衝動性行動の話をしてはなりませんぞ。いいですか、決してです」
「どうしてですか」
 花明は教授の研究の役に立つ情報が得られるかもしれない場所として幻燈館に興味があるのだ。だのにその話をしてはならないとは、あまりにもあんまりである。
「……どうしてもです。その話をしたら花明さんは、きっとあの館にはおられますまい」
「ふむ……。そうなのですか」
「あい。どうぞ心に留めて頂きますよう……」
 老婆があまりにも真剣な面持ちでそう言うので、花明もそれを否定する事が出来なくなってしまった。しかし口に出さずとも調べる方法はあるだろうし、またとないこの機会をやはり有意義に活用すべきだと思い直すと、花明は鞄を手に取り威勢よく立ちあがると、老婆の方へと向き直る。
「では行ってきます」
「あい、お気を付けて」
 どこか不安そうな表情の老婆に見送られ、花明は急ぎ足でかの幻燈館へと足を進めた。