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幻燈館殺人事件  前篇

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「そして花明さん、あなたはそのまま代美さんの部屋へと侵入し、代美さんを襲った。しかし代美さんは抵抗する。当然でしょう、九条家次期当主の妻として、誇り高く貞操を守ろうとなさった事でしょう! 焦ったあなたは持っていたナイフで思わず彼女をグサリ――」
「そんなはずがないでしょう! 第一ナイフはどうしたっていうんですか!」
 もう聞いていられないとばかりに、警部の話の途中で花明が割り込んだ。穏やかな気性の彼もさすがに辛抱堪らないといった様子だ。
「ナイフ? そんなもの昨夜の会食の時にでも失敬していたのかもしれない。九条家にとってはただのナイフでも、庶民からすれば高価な代物ですからなぁ」
「そんな事をすれば給仕の誰かが気付くでしょう!」
 余りに突然に向けられた屈辱に、花明は震える思いでそう反論したが、警部は飄々とした様子でそんな花明の様子には気にも留めない。
「いや、いつ入手したかなどはこの際どうでもよい。問題は誰にでも簡単に手に入れることができたという事実です。そうでしたな、蝶子さん」
「はい」
 ナイフは誰でも簡単に手の届く所にあった。それは先ほど蝶子自身が証言した事である。蝶子は肯定し頷いた。それを確認すると、警部は全て合点がいったと手を叩き、花明へと近付いた。
「うむ、これで間違いはあるまい! 花明さん、ではご同行願えますかな」
「そんな馬鹿な!」
 あり得ない展開に花明は抵抗の色を見せた。柏原はそんな花明を心配そうに見ていたが、一使用人の彼女に何かが出来るはずもない。怜司は冷ややかに花明を見つめ、使用人達はさも恐ろしげな視線を花明に向ける。
 完全に犯人扱いを受けている事実に、激しい憤りと同時に不安と怯えを抱いた花明が混乱しそうになったその時、蝶子が凛とした声を上げた。
「お待ちください」
 蝶子の制止の声に警部は首を傾げながらも、彼女の方へと顔を向ける。
「どうかしましたか?」
「警部さんの推理で一つ疑問が御座います」
 花明は一つだけじゃないだろうと言いたそうな視線を警部に向けたが、またいらぬ疑いをかけられてはたまらないと、口をつぐんだまま蝶子の発言の続きを待った。
「ほほう。では蝶子さん、お聞かせ願えますかな?」
 今さら疑う余地もないとでも思っているのか、警部は余裕の表情で蝶子に先を促す。その警部の所作にも凛とした態度を崩すことなく、蝶子は低いがよく通る声を発する。
「花明さまが姉――代美さまを襲い、代美さまはそれに抵抗。焦った花明さまは代美さまを殺害した」
「その通りです」
 余程自分の推理に自信があるのであろう、警部はいかにも満足そうに頷いた。だが蝶子はそんな警部に鋭い視線を持って対抗した。
「ではなぜ代美さまの衣類は乱れていなかったのでしょうか。それどころか部屋も、そして寝具も何一つとして乱れてはいませんでした」
 蝶子の鋭い視線と凛とした声に射すくめられたかのように、警部は思わず言葉を失った。確かに代美の姿は昨夜の会食事のまま、ドレスはおろか髪一つ乱れてはいなかった。寝具も綺麗なものである。
「む、むう……」
 自分が見てきた現実を思い返し、警部が思わず言葉を濁すと、今が好機とばかりに花明も釈明の為に口を開く。
「そうですよ! ですから僕が犯人であるわけが」
 しかしその花明を今度は蝶子その人が制した。
「ですが、他の人間であるとも考えられません。今現在、犯人としての条件を満たすのは花明さまだけなのですから」
 冷やかな視線と共にそう言われ、花明は茫然とした。てっきり蝶子は自分の無実を証明してくれるものだとばかり思っていたのである。
 警部は過程はともかく犯人はやはり花明であるとばかりにしきりに頷き、花明はと言うと焦るあまり言葉が出ない。そんな二人を尻目に蝶子は自分の考えを示した。
「ですからどうでしょうか。花明さまにはご自分の無実はご自分で証明して頂くと言うのは」
「どういう事ですかな?」
 突然の提案に警部も花明も蝶子に向けて疑問の目を向ける。蝶子は二人の視線を正面から受け止め、以前として確固たる態度でそれに応えた。
「これから二日間だけ花明さまに猶予をお与え下さい。その間に花明さまが真犯人を見つけられなかった場合、やはり犯人は花明さまなのでしょう」
 あんまりだ! と花明は反論したい所だったが、この状況では口を開けば開くほど自分の不利になりかねないと、彼は黙って思案に暮れている。そんな花明を見て何をどう小野田警部は感じたのか、ふむと頭を捻ると怜司に向けて伺いを立てる。
「ふぅむ、なるほど。では怜司さんはどうお考えですかな?」
 話を振られた怜司は、冷徹な視線を花明に向けたまま、だがさしたる興味もない様子で口を開いた。
「はっ、そいつが犯人なら今すぐ捕まえてほしい所だがね、もしもこれが冤罪だなんて事にでもなれば九条家の名誉に関わる。蝶子がそう望むのなら、そうすればいい」
「ふむ。では当主である大河さんがこの場にいない以上、九条家の総意は怜司さんにあるとみなします。よって今から二日間の猶予を花明さんには与えましょう」
「たった二日間で真犯人を……?」
 何と言う事だと頭を抱えそうになる花明に、警部が冷たく言い放つ。
「ではこのままご同行願えるのですかな? 私としてはどちらでも良いのですよ」
「冗談じゃない! 分かりました、二日間で真犯人を証明して見せましょう!」
 腹を括った花明は、高らかにそう宣言した。
「では柏原、あなたが花明さんに付き添って力を貸して差し上げなさい。慣れない内はこの館の配置すら頭に入りにくいでしょうから」
「畏まりました」
 柏原は返事をすると蝶子に向けて頭を下げたが、花明は内心見張り役かと一人ごちた。
「それでは私はもう少し調べたい事があるので、これで失礼しますが……花明さん、くれぐれも変な気を起こさんようにな」
 最後にもう一度嫌味ともとれる注意をすると、小野田警部は巡査と警官を連れ広間を出ていった。
「話は済んだみたいだな。俺は少し千代の様子を見てこよう」
 怜司がそう言って広間を出ていくと、蝶子の命で使用人達もそれぞれの仕事へと戻って行く。戻る際に、花明に対する疑いの目という置土産付きではあったが……。