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幻燈館殺人事件  前篇

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「それを証明できる方は?」
「途中までは柏原さんと一緒でした。彼女は灯り番でしたので、当直室から一度出て行きましたが……。九条家の方々が深夜に何かしら用をお申し付けになる事も御座いますので、当直の者はいつでも対応出来るよう待機しているのです。見回りの方ですが、こちらの時刻は厳格に守られていますので、その間は何か御用があれば見回りの最中に申しつけられる事も御座います。ですが昨夜はどなたにもお声を掛けられる事はありませんでした」
 村上の証言を聞き、小野田警部はふむふむと頷きながら早川の方を見た。早川が真面目にメモを取っているのを確認すると、満足そうに深く頷き、続いて警部は吾妻の方へと向き直った。
「料理長の吾妻さんでしたな。あなたは昨夜どうなさっていたので?」
 話を振られた吾妻はさも心外と言ったように大げさに両手を広げて見せたが、すぐに身の潔白を証明するかのように背筋を伸ばした。
「会食後、後片付けを済ませて使用人室のある別棟へ行きましたよ。斎藤さんと狭山さんも一緒です」
「なるほど。別棟には使用人の方だけがいるのですか?」
「そうです。使用人専用棟と言ってもいいでしょうな」
「斎藤さんと狭山さんですか、あなた方も吾妻さんの証言に異論はありませんか?」
 警部にそう尋ねられた斎藤と狭山は、肯定の意味を込めて頷いた。
「我々は別棟に戻って朝まで眠り、そして仕事の時間になったので本館へと向かい、現在に至るわけです」
 使用人二人の態度に満足したように頷くと、吾妻がそう付け足した。
「ふむ……。夜中に誰かが別棟から出てきたと言うような事は?」
 警部のその言いぶりに自分達が疑われでもしているのかと、吾妻があからさまに不快そうに顔を顰めたので、蝶子がそれを補足するように口を開く。
「それについては私の方から御説明させて頂きます」
「ほう、何ですかな? 蝶子さん」
 警部は興味深そうに顎を擦りながら蝶子の言葉の続きを待つ。
「別棟と本館を繋ぐ扉は一つで、そしてその扉には夜は鍵をかける事になっています」
「ほう……。ではその鍵はどちらに?」
「鍵は当直の人間が管理するようになっております。昨夜は村上が持っていました」
 そう言われた村上は、今度は自分が疑われるのではないかと戦々恐々といった様子で慌てて胸元から鍵を取り出した。
「鍵はここに。別棟に鍵をかけるのは旦那さまからのお言い付けです」
「ほう、大河さんが?」
「大河さまはその……疑い深い方ですから。この館には資産的価値の高い物も多くありますので」
 蝶子のその言葉で鍵の意味を察したと言った風で、警部は黙って深く頷いた。
「その大河さんですが、やはり話は聞けそうにありませんかな?」
 警部はそう尋ねたが、蝶子はそっと目を伏せただけだった。
「ふむ……やはり吉乃さんに続いて代美さんまで殺害されたわけですからなぁ。御当主として神経が参ってしまうのも仕方ありませんな」
 答えられない蝶子を助けるつもりで小野田警部が続けた言葉に、今度は花明が反応を示した。
「吉乃さん――大河さんの奥方は殺されたのですか?」
 問われ、しまったと自分の失態に気付いた警部は思わず片手で目を覆った。がすぐに威厳を取り戻した風で、花明に向って毅然とした態度を取り戻すと「あなたには関係ない事です」と一蹴に伏したので、花明もそれ以上追及する事は出来なかった。
「ふむ、皆さんの大体の状況は分かりました。私の部下が今、外を見て回っています。そろそろ結果が分かる頃ですから、もう少し皆さんこのままお待ちください」
 警部がそう言い終わるか終らないかの内に、丁度時機よく警部の部下が広間へと現れた。
「どうだったかね?」
 警部のその問いに、部下は背筋を伸ばし敬礼をすると報告を始める。
「はっ! 屋敷の周辺を一通り調べて参りましたが、外から侵入した形跡もなければ、脱走した跡も見当たりません。その他不審な点も周辺にはありませんでした!」
 そう声を張る部下に対し、ご苦労と声を掛けると警部は改めて全員の方へと向き直る。全員の証言と屋敷周辺の現状を把握した警部が、次に何を言うのかとそれぞれが緊張した面持ちで見守っている。そんな風にして自分へと集まった八つの視線を真っ向から受け止めると、警部は重々しく口を開いた。
「外から侵入した痕跡もなければ、脱走した形跡もありません。つまり――犯人はこの屋敷内部に居た人間であり、そしてまだこの屋敷にいる」
 警部の発言に一同に緊張が走る。しかし誰もがもしかしたらそうではないかと考えていた事でもあり、互いに疑心暗鬼の目を向けあってしまう。そんな中で警部はじろりと花明栄助その人を睨め付け、言葉を続ける。
「外からの客人がきたその日に殺人事件とは……。いやはや全く嘆かわしい事です。大河さんはあのご様子で、激しい悲しみに打ちひしがられている。当然でしょう、ここ数年の九条家には試練が多すぎると見えます。勿論九条家当主ともあろう御方が殺人など犯すはずはありません。そんな事をしても何の利益も生み出さないのは自明の理ではありませんか。怜司さんにしたってそうです。次期当主であり、また可愛い娘さんまでいるというのに妻を殺す理由がどこにあろうか。動機がない。蝶子さんにしてもそうだ。美しい姉、美しい妹、一体どこに歪みが生まれようか」
 警部が滔々と語るその内容と視線に、花明は嫌な予感を覚え背中を冷ややかな汗が伝うのを感じた。
「使用人であればチャンスはいくらでもあったでしょう。だが使用人の皆さんにはそれぞれ仕事があった。また仕事のない者達は鍵付きの別棟で休んでいた。その鍵は厳密に管理されており、誰かがこっそり持ち出すのは不可能だ。だとすれば犯人たり得るのはただ一人……」
 警部はそこで勿体ぶるかのように一度言葉を切ったが、次に誰の名前が挙がるのかは消去法で分かり切っている。
「あなたですよ、花明さん。代美さんはあなたに殺されたのです!」
 予測していたとは言え、花明は思わず言葉を失った。そんな花明の態度をどう感じたのか、その場にいた人間がざわめきあう。
 使用人達から向けられる疑惑の視線に、はっとなり慌てて花明は反論しようと口を開いた。
「ちょ、ちょっと待って下さい! あまりにも無茶苦茶すぎます! 僕が犯人だって? では伺いますが動機はなんですか? 僕は昨日初めてこの館に来たんです。人を殺すに値する理由なんて持ち得るはずがない!」
 花明は必死にそう弁明したが、警部からは聞く耳など持つ必要もないといった様子がありありと見て取れた。
「動機がない? いや、そんな事はない。代美さんはあの美しさだ。そしてあなたは今朝がた代美さんの姿を見たといいましたね。怜司さんの部屋から出た代美さんは、それは艶やかでしたでしょうな。あなたは代美さんに対し、如何わしい情欲を持った。使用人の柏原さんと別れ、部屋で眠ったと見せかけて、そのじつ柏原さんが去ったのを見届けると、あなたはすぐさま代美さんを追った!」
 まるでその様子を見ていたかのように得意気に語りあげる小野田警部。その語り口に呆れた花明は、口を鯉のようにぱくぱくとさせる事で精一杯だ。