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幻燈館殺人事件  前篇

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 広間には大河と千代を除く全ての人間が集められた。大河は相変わらず人前に出られるような精神状態ではなく、千代は幼い娘の前で母の死因について語るわけには行かないと、暴れ泣き疲れたのを見計らった蝶子が寝付かせると、部屋に鍵を掛けてきたのだという。本来ならそのまま蝶子が側に付いている所だろうが、流石にそう言うわけにもいかない。
「ふむ、皆さんお揃いですな」
 怜司、蝶子、花明、そして吾妻をはじめとした使用人五人の顔に順番に目を配った後、警部は一つ大きく咳払いをした。
「まず代美さんの死因ですが、心臓をナイフで刺された事による失血死でしょう。寝ている所を一刺し……といったところでしょうな。死斑の状態から死後十時間は経っていないと思われます。凶器は胸に刺さったナイフと見て間違いない。あのナイフはどういった物か分かりますか?」
 警部の問いに蝶子が努めて冷静な声を上げる。
「あれは食事用のナイフです。肉料理用の少し大ぶりな物ではありますけれど、食堂にある食器棚にもありますし、勿論調理場の方にも用意してあります」
「なるほど。では珍しいものではないと?」
「この屋敷においては有り触れているものです。……誰でも持ち出す事は可能でしょうね」
 警部の質問の意図を読み取り、蝶子が一段階下げた低い声でそう伝える。
「ふぅむ。昨日は客人が来ていたので皆様で会食をなさったそうですな。その時は勿論代美さんも参加されていた。会食は何時頃まで?」
 警部は蝶子に尋ねながら早川に目で合図をすると、早川は慌てた様子で手帳を取り出し、筆記の体制を整えた。その様子を見届けてから、蝶子は再び口を開く。
「零時頃までです。日付が変わるのを合図にお開きとなりましたから」
「分かりました。失礼ですが昨夜の会食後から今朝までの間、蝶子さんはどちらへ?」
「私は会食が終わると、使用人達への指示などの雑務をこなした後、部屋へと戻りました」
「雑務、ですか」
「いつも通りの事です。明日……今日の事ですが――の打ち合わせと、本日はお客様もいらっしゃいますので、そのおもてなしについてなど」
 そう言うとちらりと花明の方へと視線を向ける。
「この館に御客人とは久しぶりではありませんか?」
「千代さまを助けて頂いたものですから……。せっかくの事でしたのに、このような事件が起こってしまって」
「全くですなぁ」
 などと話をしながらも、警部の視線は鋭く花明を捉えている。花明が来た途端に起きたこの事件、疑われるのも無理はないのかもしれないが、花明はその露骨な視線が不愉快極まりなりといった様子で固く唇を結んでいる。
「蝶子さんが使用人との雑務や部屋へ戻る間、不審な物や音などを見たなどと言う事はありますか?」
「ありません」
「有難うございました。では、怜司さんはいかがですか?」
 早川がしっかりと筆記しているのを目だけで確認すると、続けて警部は怜司へと聞き込みを開始する。
「俺は昨夜は九時過ぎには自室に戻った。どうにも気分が優れなくてね」
「確かに、怜司さまが退出したのはそれ位の時間でした」
 怜司の言葉を受け、蝶子も補足する。
「その後は……確か一時位だったか、代美が俺の部屋に来た。俺は既にうとうととしていたんだが、いつも通りあいつがベッドに入りこんで来たんでね。気配で少し意識が醒めたんだ」
「なるほど。して代美さんは?」
「妻が夫のベッドに深夜に潜り込んで来るのだから、目的は言わなくとも分かるだろう? たださっきも言った通り、俺は昨夜体調が悪かった。いつもなら相手をしてやる所だが、昨日はそのまま眠ってしまった。代美はそうだな、確か明け方……日が昇る前にはベッドを抜け出る気配がしたから、恐らくそれ位の時間に部屋へと帰ったんだろう」
「日が昇る前というと、今ですと五時頃ですかな」
「そうなるだろうね、代美が去って少しすると窓から明かりが差し込んできたからな」
 怜司がそう言うと、花明も頷きながら独り言のように口を開く。
「確かに僕が怜司さんの部屋から出てくる代美さんを見たのも、それ位の時間だった……」
 花明が思わず漏らしてしまったその証言を、当然警部が見逃すはずがない。より一層の注視をしながら、花明の方へと警部は向き直る。
「ほう。あなたはそんな早朝に何をなされていたのですか」
 警部にそう尋ねられ、花明は内心しまった! と思った。柏原は内緒で自分を起こしに来たのだ。それが知られようものなら厳しく叱責されるかもしれない。だが殺人事件が起こった今、その様な事を気にしている場合でもなかった。
 しかし花明が口を開く前に、柏原自身が警部の前へと進み出た。
「それにつきましては、私からご説明させて頂ければと思います」
「あなたは使用人の――」
「柏原です」
「では柏原さん、お聞かせ願えますかな?」
「はい。実は早朝のその時間に花明さまを起こしたのは私なのです」
 柏原が告白すると、蝶子は彼女に向って冷たい視線を向けた。その視線には侮蔑するような色が見て取れたが、柏原は今はあえて弁明はせず、まずは自分の知りうる事実を伝える事に集中した。
「昨夜は私と村上さんが、この本館に残る当直でした。私はいつも通りの仕事をこなし、そして明け方が近付いてきたので表へ出て、ランタンを消し始めたのですが……」
「ほう、幻燈館の名高い幻想的な灯りはあなた方使用人の皆さんが作っていたのですか」
「はい、昨夜は私が当番でした。その為に庭へと出た時に、物音を……聞いた気がしたのです。村上さんと共に確認出来れば良かったのですが、それではもしどなたかがその時間にご用命を申しつけられた場合、即座に対応が出来ません。いっそ別棟で眠る他の使用人をおこしに行こうかとも思ったのですが、もし一刻を争うような――たとえば物盗りの類のようなものであった場合、それでは遅いと思いました。ですから失礼を承知で花明さまを起こしてしまったのです」
「なるほど。それであなたに起こされた花明さんと共に物音の確認を?」
「はい。二人で外を一通り見て回ったのですが、不審な人影も足跡もありませんでした。私の気のせいだったのだと思います。その後は花明さまを客室へとご案内する事になったのですが、その際に怜司さまの部屋の方から歩いてこられる人影を見たのです」
「なるほど。その人影に声をかけられたりはなさらなかったのですか?」
「お客様を早朝から起こし、あのような事に付き合わせてしまったとあっては……。思わず動揺してしまって、花明さまにもご協力頂いて、廊下の影へと身を潜めてしまいましたので、お声かけなどとても……」
「ふぅむ。では花明さんはその後どうされたので?」
「柏原さんにそのまま客室まで案内して頂いて、また眠りにつきました。そして何やら騒がしい声がすると思い起きた所、現在に至るといったわけです」
「ふぅむ。では柏原さんは花明さんを送った後は?」
「当直室で仮眠をとりました。村上さんも一緒です」
「では村上さん、あなたは昨夜何をされてましたか?」
「会食後の片づけを済ませた後は、定められている定期時刻の見回りをしました。その際に何か不審な物音などは聞いておりません。見回りが終わった後は、ずっと当直室にいました」