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幻燈館殺人事件  前篇

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 申し訳なさそうに言うと、村上は暴れる千代を抱きかかえたまま廊下を歩き去って行った。「いや!」「離して!」「蝶子!」と言う千代の叫びにも似た声が遠ざかると、今度はドカドカとした大振りな足音が近付いてきた。
 次は何事かと花明が意識を傾けたのと、足音の主が開け放たれたままの代美の部屋の扉を儀礼的に叩くのとは同時であった。
「やあやあ、全く大変な事が起きましたな!」
 威勢の良い胴間声と共にインバネスに着物といった花明と同じく時代遅れの格好をした一人の男が入ってきた。
「小野田警部……」
 男を見た蝶子が小さくその名を零すと、男は彼女に一礼を返した。そのまま男は室内をぐるっと見回した後、代美の姿を見つけるなりベッドへと近付く。その遺体に静かな視線を向けると、深く眼を閉じ、そっと手を合わせる。
「ご足労有難うございます」
「これが私の仕事ですからなぁ」
 眉間に皺を寄せた小野田という名の警部、年は五十前後といった所であろうか。年齢を重ねてはいるが体型は崩れておらず、丸い目が中々に人懐こい印象を人に与える。小野田の後ろからは若い巡査が一人追従しており、その人間の事もまた蝶子はよく知っていた。
「花明さま、県警の小野田警部と九利壬津村巡査の早川さんです。小野田警部、こちらは昨日よりこの館に滞在されているお客様の花明さまです」
 蝶子に紹介され、互いにどうもと軽く挨拶をしあったが、警部の花明に向けた視線は鋭いものだったので、花明は何だか居心地の悪い気分に支配された。
 そんな花明の内心など気にもせず、警部は白い手袋を嵌めると、重々しく口を開いた。
「第一発見者は?」
「使用人の狭山です」
 蝶子に名前を呼ばれた狭山は警部に促され、今一度発見時の状況を語った。話を一通り聞くと、警部は早川の方へと向き直り、彼に手で合図を出す。
「早川、皆さんを部屋の外へお連れしろ」
「はっ!」
 早川は背筋をピンと伸ばし、敬礼をするとその場にいた使用人や花明達を外へと促した。
「蝶子さん、現場を調べさせて頂きますので」
「はい、よろしくお願い致します」
 小野田警部に頭を下げると、蝶子も部屋から出たのだった。

 バタンと重い扉を閉めると、廊下では大河の部屋から聞こえる物が壊れる音のみが響いていた。そちらの方へと視線を向けると、蝶子は少しばかり眉根を寄せたが、すぐに冷静な顔を取り戻し、使用人達へと向き直った。
「さ、皆さん仕事に戻って頂戴。小野田警部の方で何か分かり次第、また改めて声をかけます」
 意を決したように蝶子がパン、と手を叩くと弾かれたように使用人達は顔を上げ、自分の持ち場へと去っていく。
「では、私も失礼致します」
 柏原もそう言うと頭を下げ、一階へと降りていった。廊下に残された花明は疲弊の色が伺える蝶子を一人残しても良いものかどうか――そう悩み立ち尽くしていた。
 そんな花明の様子から何かを感じ取ったのか、蝶子は疲れた様子ではあったが気丈に微笑んでみせると、花明に向って小さく頷いた。
「このような事が起こってしまい、申し訳ございません」
「いえ! そんな……」
 後に続ける言葉が見つからず、花明は思わず視線を泳がせた。人生で初めて恐らく他殺であろう死体を見たのだから、無理もない。
「小野田警部は優秀な方と聞いています。これもただの事故かもしれませんし……」
 あのようにナイフの刺さる事故などあるものかと花明は思ったが、蝶子の心を思うとそんな事はとても口には出せない。
「そう言えば、小野田警部もインバネスですわね」
 重たい空気を変えようとしたのか、蝶子が話をそんな方向へと流した。
「そう言えばそうでしたね。何かこだわりでもあるのでしょうか」
「ふふっ、何でもあれは警部が巡査だった頃からの愛用品らしいですわ」
「なるほど。今はもう中々見なくなりましたからねぇ。かく言う僕の物も尊敬する教授のお古で、思い入れがあるんです。だからまだ僕の他にも着用している人がいるのを見るのは、何だか少し嬉しいですね」
「まぁ、そうでしたの……。そんなに大切な物を……。洗濯も乾いている頃でしょうし、後から柏原にでも持って来させますわ」
 今時の若い人、それも帝都暮らしの人間にしては似つかわしくない服装の謎が解けたとばかりに、蝶子は少しばかり目を見開いた。
 そんな話をしていると、やがて代美の部屋の扉が開き、中から小野田警部が顔を出す。
「蝶子さん、代美さんの死因が分かりました。皆さんを広間へと集めて頂けますか?」
「分かりました……」
 死因という言葉に蝶子の眉尻が厳しく吊り上がる。蝶子は警部と巡査、そして花明を広間へと案内する道すがらの途中で、掃除をしていた斎藤を捕まえると、皆を広間に集めるようにと伝えた。