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そして河童は川へ還らず

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 三郎がよねを揺すった。するとよねはゆっくりと目を開けた。
「おお、よね!」
「ああ、三郎……、やっぱ来てくれただか……」
 よねが笑った。そんなよねを三郎はしっかりと抱きしめた。新之助はそんな三郎の行動を憮然とした態度で見ていた。
「三郎、『シリコダマ』さ、抜かねえのけ?」
「おらにはそんなこと出来ねえ。よねを殺すなんて……」
「河童と人間の合い惚れか……。だが三郎よ、おめえは掟を破っただぞ」
「おら、よねが助かるなら、どんな罰でも受けるだ」
 三郎がよねを抱き上げた。その姿は誠に凛々しいものであった。三郎はよねの家のほうへ向かって歩き始めた。
 上流の河原では吾作とさきが項垂れていた。そこへ、よねを抱きかかえた三郎が歩み寄る。新之助は柳の木の陰に隠れて、三郎の様子を窺っていた。
「おお、よね!」
 吾作とさきが嬉しそうな声を上げて、顔を上げた。
「よねは大丈夫だ。心配ねえ……」
「ありがとうよ。おめえが助けてくれただか?」
 吾作がよねの肩を支えて、三郎に言った。三郎は黙って頷く。
 三郎は身を翻すと、川の中へ飛び込もうとした。
「待ってけれ!」
 よねが叫んだ。三郎の背中がピクリと跳ねた。
「三郎、また会えるべ?」
 だが、三郎は振り向こうとはせず。そのまま、濁流の中に消えた。その様子を柳の陰から見ていた新之助も川へ飛び込んだ。

 台風が過ぎ去り、川が落ち着きを取り戻した頃、魚止め滝の釜では河童たちの寄り合いが開かれていた。三郎を糾弾するための寄り合いである。
「三郎、おめえは自分がしたことがわかっているだか?」
 兄貴分の五徳が三郎に詰め寄る。
「河童が『シリコダマ』を抜かぬばかりか、人間の女(おなご)と合い惚れになるとはのう……」
 長老の巳之助が呆れたように言った。
「やっぱりここは『日干しの刑』でしょうか?」
 五徳が長老に向かって言った。三郎は震えている。よねのために命を捨てたつもりの三郎ではあったが、実際の罰は実に厳しいものであったからである。五徳の言う「日干しの刑」とは、日当たりの良い場所に河童を縛りつけ、そのまま晒す刑である。河童は頭の皿が乾くと弱り、やがて死を迎える。そんな残酷な刑であった。
 だがこの時、三郎は覚悟していた。その覚悟は誠に潔いものであった。
(よねが助かったんなら、『日干しの刑』が何じゃ……)