そして河童は川へ還らず
「それにしても、なして河童はよねの『シリコダマ』を抜かんのじゃ? 言い伝えでは儂のじいさんのそのまたじいさんが、河童に『シリコダマ』を抜かれて死んだそうじゃ。それが、よねを殺さねえばかりか、ヤマメをくれたり、ハヤ釣りを教えたり……。儂にはわけがわからん」
「三郎、いい河童。友達。あはははは」
よねは呑気に笑っている。吾作とさきは心配そうな面持ちでよねを見つめた。
その時、よねが叫んだ。
「雨こんこん、降ってる。あはははは!」
「ああ、一雨きたか。球磨川が大水にならんとええがの。何せ暴れ川じゃて。用心に越したことはねえ」
吾作の心配は現実のものとなった。一晩で球磨川の水かさは増し、大水の心配が出てきたのだ。
魚止めの滝の釜の淵では、河童たちが寄り合いを開いていた。
「このままでは下流(しも)の淵が危ねえ。あそこはおらたち河童と人間の棲み分け線だ。あの淵が埋まると、また人間との境界があやふやになるだ」
五徳が心配そうに言った。それを長老の巳之助が聞いていた。
「これ、三郎に新之助や。おめえら、下流の淵の様子を見てきちゃくれねえか。この大雨が続くと、鉄砲水が心配だ。そうすると、五徳どんが心配するとおり、下流の淵が土砂で埋もれるかも知れんのでのう」
こうして、三郎と新之助が下流の淵を見にいくこととなった。
雨はただの雨ではなかった。台風の到来である。雨風は時刻を追うごとにひどくなっていった。当然のことながら川は赤茶けた激流のようになった。
「この分だと、下流の淵も……」
新之助が心配そうに言った。だが、三郎はもっと心配なことがあった。よねがことである。よねは三郎との約束のために、今日も河原に立っているに違いなかった。
三郎と新之助は下流の淵に着いた。三郎が初めてよねに会った淵である。そこは土砂に埋もれかけ、魚の姿は見えなかった。
「ヤマメもハヤもいねえ」
「きっとどこかに身を潜めているだよ。大水が去れば、また元の淵に戻る。ただ土砂が異様に多いな。こりゃ、五徳の兄貴の心配したとおりになりそうだぞ」
新之助は激流に抗いながら、三郎に言った。
すると、三郎は更に下流を目指そうとした。それを新之助が止める。
「こっから先は人里だ。行ってはならねえだ」
「んだども……」
作品名:そして河童は川へ還らず 作家名:栗原 峰幸