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そして河童は川へ還らず

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「でも……、三郎は優しいだ。おらの花をもらってくれただ」
「妖怪は妖怪じゃ。明日からはしばらく納屋の中でジッとしてるだ」
 吾作は厳しく、よねとさきに言いつけた。よねは俯き、父親には逆らえずにいる。

 その頃、三郎は河童の仲間に取り囲まれていた。三郎が百合の花を持ち帰ったことが話題になっていた。新之助という河童が言う。
「綺麗な百合だなや」
「だろ?」
 三郎が自慢げに百合を持ち上げた。それを五徳という兄貴分の河童がヒョイと取り上げた。
「おめえにこんな綺麗な百合は似合わねえ。それに、この百合からは人間の匂いがするべ」
 それを聞いた三郎はドキッとした。河童の掟では、人間に会ったら必ず「シリコダマ」を抜かねばならなかったからだ。
「やだなぁ、五徳の兄貴。それは河原に捨ててあっただ。きっと人間が手折ったんだべ」
「三郎の。兄貴として忠告しておくが、あまり人里まで近づくんじゃねえぞ。掟とは言え、人間の『シリコダマ』を抜くのは嫌なもんじゃ」
「ああ、そうだな。殺生は嫌なもんじゃ」
「だが、掟は掟。もし人間を見たら、迷わず『シリコダマ』を抜くんじゃぞ」
「わかってるよ、兄貴。わかっているともよ……」
 三郎はよねと会ったことを口外すまいと、固く心に誓った。三郎は五徳が放り捨てた百合の花を大事そうに拾うと、繁々と眺めたのだった。
 実は「シリコダマ」の抜き方さえわからない三郎であった。河童と人間が出会うことなど稀であった。まだ若い三郎が「シリコダマ」の抜き方を知らなかったとしても不思議ではあるまい。だが、それを兄貴分の五徳に尋ねるのも、また河童として恥ずかしかった。皆様にも「今更恥ずかしくて、他人に聞けない」と感じた経験はないだろうか。それと同じである。

 翌日、三郎はまた百日村の少し上流まで遊びにきた。昨日、よねと出会った淵である。川面から、ほんの少しだけ顔を出し、周囲の様子を窺う。人影はなかった。
(よね……)
 よねは今日もここへ来ると言った。三郎は純粋で無垢な瞳にもう一度会いたかった。だが、よねの姿は見えない。