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青い空の王様の物語

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「俺の母さんと同じ。……シルティアのパパとママも流行り病で死んじゃったんだ」
 シルティアの目から涙がこぼれました。彼女のぎゅっと握られた手の中の生地はバターが溶け出し、べとついてしまっていました。
「な、泣くなよ! お前には俺という、格好いい兄ちゃんがいるだろ!」
 ヒューイアスはシルティアの手から生地を取り上げ、彼女の小さな体を抱き上げようとしました。市場で見かけたあの女の子のように、空高く飛ばせてあげたかったのです。
 けれど子供のヒューイアス一人では、シルティアの足が床からちょっと浮く程度にしかなりませんでした。それも、すぐにずるずると落ちてしまいます。
 けれど。
「きゃあっ」
 びっくりして、シルティアの涙は止まりました。
 ヒューイアスはもう一度、彼女を抱き上げ、今度はくるくる回って彼女の体を浮かせました。
「きゃはははっ!」
 シルティアが大きな声を出して笑いました。その声に他の子供たちも集まってきます。
「僕もやって!」
「私も!」
「しょうがねぇな。お前ら、一列に並べ!」
 ヒューイアスが指をぴっと一本出すと、子供たちはクッキーの生地を放り出して並びました。わいわいと楽しい声が響きます。
 様子を見に来たシスターに怒られるまで、この騒ぎは続きました。


   《3》

 ヒューイアスは十五歳になりました。
 彼は孤児院を出てお城の兵士になりました。王様に近づくためです。
 王様はいつも部屋にいるとは限りません。王様をたおすには、王様のことをいろいろ調べる必要があると思ったのです。
 ヒューイアスの手は剣を取る手になりました。

 その日も、ヒューイアスは他の若者の兵士たちと一緒に剣の訓練をしていました。
 そこに、この国で一番偉い将軍様が見物に来ました。立派な髭を生やした大男で、名前をミューレン将軍といいます。
「おぬし、名前をなんという?」
 ミューレン将軍がヒューイアスに声をかけました。
 突然のことにヒューイアスはびっくりしましたが、もともと元気のいい彼です。大きな声でしっかりと答えました。
「ヒューイアスです」
 その返事に、ミューレン将軍は少しだけ顔色を変えました。
「そうか、やはり……。あとでわしの部屋に来なさい。話がある」

 その夜、ヒューイアスはミューレン将軍の部屋に行きました。
「おぬしに質問がある」
 ミューレン将軍はどっしりとした険しい声で言いました。いったい何の話だろう、とヒューイアスはどきどきしていました。
「おぬしはこの国の王様は良い王様だと思うか、悪い王様だと思うか?」
 なんという質問でしょう。
 答えは決まっています。悪い王様に違いありません。
 けれど、ミューレン将軍は偉い将軍様で、王様の一番の家来です。王様の悪口を言ってもよいのでしょうか。
 ヒューイアスはじっとミューレン将軍の目を見ました。彼は鋭い目でまっすぐにヒューイアスを見つめています。
 この人になら本当の気持ちを言える、とヒューイアスは思いました。だから正直に答えました。
「悪い王様だと思います」
 その答えにミューレン将軍は長く深い息を吐きました。立派な髭が何故だか悲しげに揺れたように見えました。けれどそれは一瞬のことで、次の瞬間には低い声が響きました。
「わしも、この国の王様は悪い王様だと思っている。王様をたおして、この国を変えるべきだと思う」
 ヒューイアスは息を呑みました。ミューレン将軍も彼と同じことを考えていたのです。しかも驚くべきことはそれだけではありませんでした。
「既に同じ考えの仲間を大勢集めてある」
 ミューレン将軍は王様をたおそうとしている仲間たちの大将だったのでした。
 ヒューイアスは思わずミューレン将軍の前にひざまずきました。頭を下げ、心を込めてお願いしました。
「俺も仲間に入れてください」
 ミューレン将軍はヒューイアスを立ち上がらせました。そして大きくて分厚い手で、がっしりとヒューイアスの手を握りました。ごつごつした逞しい手でした。
「もちろんだ。一緒にこの国を変えていこう」
 そして、ヒューイアスは秘密の地図を持っていることをミューレン将軍に打ち明けたのでした。

 ヒューイアスは、王様をたおせば国民が幸せになると考えていました。
 けれどミューレン将軍が、王様と王様の周りのお金持ちをみんなたおさなければいけないことを教えてくれました。王様一人をたおしただけでは、お金持ちの中のまた別の人が王様になるだけで何も変わらないのだと。
 ミューレン将軍はとても物知りでした。
 彼には、国の東の端にも西の端にも、たくさんの仲間がいました。
 仲間の中には兵士もいれば農民もいて、役人もいれば商人もいました。
 みんな、この国を幸せにしたいと思っていました。


   《4》

 それから、数年がたちました。
 お城の外からは激しい戦いの音が聞こえてきました。
 剣と剣がぶつかり合う音。
 兵士の掛け声と悲鳴。
 恐ろしくて悲しい音が響き渡ります。
 既に王様以外のお金持ちは、ミューレン将軍の仲間たちがみんな捕まえていました。
 あとは王様だけでした。
 そしてヒューイアスは、ミューレン将軍の命令で秘密の通路を通って一人で王様の部屋に向かっていました。
「君を待っていたよ」
 ヒューイアスが王様の部屋に飛び込んだとき、静かで綺麗な声が響きました。
 豪華な金色の冠をかぶった男が立っていました。
 王様です。
 彼は澄んだ空のような青い目をしていました。ヒューイアスが王様をたおしにきたことは分かっているはずなのに、穏やかで優しい顔をしていました。それどころか嬉しそうにすら見えました。
 王様は一人の兵士も連れていませんでした。
 部屋に入ったとたん、王様を守る兵士たちと戦いになることを覚悟していたので、ヒューイアスは驚いてしまいました。
 王様が一歩、ヒューイアスに近づきました。
 ヒューイアスはわけが分からず、なんだか恐ろしくなってきて、後ずさってしまいました。
「ま、待っていた、だって? もう逃げられないと思って頭がおかしくなったのか!?」
 大きな声を出して元気よく叫んでみましたが、ヒューイアスはとても緊張していました。剣を握った手がじっとりと汗ばんでいて、剣を落としてしまいそうでした。
「そうだね。私は頭がおかしいのかもしれないね」
 そう言って王様はにこやかに笑いました。
「だって、ミューレン将軍に頼んで王様をたおす仲間を集めてもらったのは――他でもない、私自身なのだから」
「なんだって!?」
 いったいどういうことなのでしょう。王様自身が、王様をたおしてほしいとお願いするだなんて。
 王様はまた一歩、ヒューイアスに近づきました。
 ヒューイアスは、武器も持っていない王様のことをとても怖いと思いました。
「この国はおかしな国だよ。王様やお金持ちだけが贅沢をしていて、他の多くの国民の幸せを取り上げてしまっている。みんな仲良く分け合うべきなのに。――だから、私は王様とお金持ちをたおして、なくしてしまおうと考えた」
「そうだ! 王様もお金持ちも、この国には要らない! だけど、なんでそれを王様のお前が言うんだ? わけが分からねぇよ!」
作品名:青い空の王様の物語 作家名:NaN