青い空の王様の物語
ヒューイアスがそう言うと、王様は悲しそうに笑いました。
「昔々からずっと、この国では王様やお金持ちが威張っていた。それが当たり前だったし、それでいいんだと、王様である私も信じていた。……その考えが変わったのは君の母さんに出会ってからだよ」
ヒューイアスは、はっとしました。
昔、母はお城の召使いとして働いていました。王様の身の回りのお世話をする仕事をしていたのです。
王様は青い空のような目でヒューイアスを見ました。ヒューイアスはその澄んだ色に呑み込まれてしまったかのように動くことができませんでした。そして彼は、王様の目の色が自分の目の色とそっくりなことに気づきました。
「君の母さんは、この国のおかしなところを私に教えてくれた。私は今までの自分が恥ずかしくなったよ。……私はいつの間にか彼女を愛していた。そして、彼女に認められるような立派な良い王様になろうと思った」
王様はお金持ちたちに命令しました。
「贅沢をやめなさい」
けれど、お金持ちたちはびっくりしたように言いました。
「何を言うんですか、王様。そんなことをしたら私たちが楽しくないじゃないですか」
「王様は頭がおかしくなってしまったんだ」
「あの召使いの女に騙されたんだ」
お金持ちたちはヒューイアスの母を捕まえて牢屋に入れようとしました。
慌てた王様はヒューイアスの母をこっそり、お城から逃がしました。そのときに使ったのが、秘密の地図に描かかれた秘密の通路だったのでした。
「そんな……! それじゃあ、王様は悪くないじゃないか!」
今まで信じていたことは間違いだったのです。
けれど、王様はゆっくりと首を横に振りました。
「いいや、命令をきかせることができない王様なんて、役に立たない悪い王様だよ」
そして王様は静かだけれども力強い声で言いました。
「だから私は、悪い王様とお金持ちをたおして、威張っている人のいない幸せな国を作りたい」
王様はまた一歩、ヒューイアスに近づきました。もう、ヒューイアスの手の届くところまで来ていました。
王様はヒューイアスの手を見ました。
剣を握った手でした。
「さあ、君の手で悪い王様をたおしてほしい」
「できない! そんなことできない!」
ヒューイアスがそう叫ぶと、王様はまたゆっくりと首を横に振りました。
「私は悪い王様だった。だから、今こそ国民の役に立つ良い王様になりたいのだ」
「悪い王様じゃない! 国民のことを考えている優しい王様だ!」
ヒューイアスの目から涙が溢れました。こんなに優しい王様は世界中のどこにもいません。
「君がそう言ってくれても、国民はそうは思わない。王様はたおさなければならないもの、だよ」
王様は、もう一歩、ヒューイアスに近づきました。そして両手を広げてヒューイアスをぎゅっと抱きしめました。
「私は君の生きるこの国を、幸せな国にしたい。そのためにはどんなことでもする」
王様の手はとても力強く、温かくヒューイアスを包み込んでいました。
「……我が息子よ、会えて嬉しかった」
「……王様は俺の父さん、なんだね」
王様は黙ってうなずきました。それから優しい声で言いました。
「さあ、一緒に幸せな国を作ろう」
王様は、青い空のような優しい王様でした。
広くて大きくて、国民を見守ってくれる――。
強くて温かくて、国民を包み込んでくれる――。
そして……とても悲しい愛し方をする王様でした。
――ヒューイアスは王様の願いを叶えました。
街では悪者がいなくなったお祝いのお祭りが始まりました。
誰もがヒューイアスを英雄と呼びました。
悪い王様をたおした国の英雄、と。
彼はみんなから握手を求められ、お酒をご馳走されました。
夜になっても大騒ぎは続いていました。
ヒューイアスは自分を褒める人々から逃げるように街中を走り抜けました。
涙が止まりませんでした。
走って走って、やっとたどり着いたのは懐かしい孤児院でした。
子供たちはもう眠っているのでしょう。シルティアが一人でクッキーの袋詰めをしていました。彼女は昼間はパン屋に働きに行き、夜は子供たちの面倒をみていました。
「無事だったのね……!」
シルティアが泣きながら駆け寄ってきました。
ヒューイアスは黙ってうなずき、彼女を抱きしめました。彼女の背中に回した彼の手が、小刻みに震えていました。
「ヒューイ……?」
シルティアは不思議そうに呟くと、ヒューイアスの腕から抜け出しました。そして、とても大切そうに彼の手を取ると、自分の両手でそっと包み込みました。彼は、彼女の手の温かさがゆっくりと自分の心を満たしていくのを感じました。
手。
温かい手。
優しい手。
思えば小さい頃からずっと、彼は温かくて優しい手を求めてきたのでした。
「シルティア、この国の王様はとても優しい手をしていたんだ……」
そう言って、ヒューイアスは青い空のような王様の物語を始めました。
* * *
お父さんの話が終わっても、僕は何も言うことができませんでした。
王様がかわいそうでした。
お父さんが僕の名前を呼びました。僕は慌てて返事をしました。僕の名前は「青い空」という意味です。
「手を出してごらん」
言われたとおりに手を出すと、お父さんのがっしりとした手が僕の右手を握りました。続けてお母さんの柔らかい手が僕の左手を握りました。
お父さんが掛け声を上げます。
「せーの!」
僕は青空に向かって飛びました。
空は優しく僕を包み込み、僕は王様の手に抱かれているのを感じました。