路上の詩人
湯が沸くと麗が茶を入れてくれた。
その温かな茶を口に入れたときもう何年も麗とこうしているように思えた。
まだ麗の手を握った事も無いのに、愛を超えて夫婦の関係のように思えた。
何故妻を捨てたのに、妻に何の不満も無かったのに、ただ詩が書きたかったためなのに・・・
それら全部を捨ててまで麗に魅かれるのか。
麗はテレビのスイッチを入れた。
「何を見る」
そう言われてもテレビなどしばらく見ていない。
「なんでも、麗さんの好きにして」
「遠慮しないで」
いいながら麗は誠の方に体を寄せた。
煙草に火をつけた。人差し指と中指で挟み、誠の口に当てた。
「吸ってみない」
誠が断ると、麗は煙を誠の顔に当てた。
煙草の臭いがしたが嫌な臭いではなかった。
麗の方から唇を触れて来た。
酒の臭いと、たばこの臭いと、弁当の鮭の臭いが混ざっているようだったが、飾りのない麗の愛と感じられた。
誠は麗を引き寄せた。
麗の体は誠の体にもたれかかった。
誠はこんな気持になる事が不思議にも思えた。誠は麗の胸に手を当てた。
「やっぱり駄目ね」
麗は誠から離れて言った。
「淋しかった。だから誰でも良かったのかもしれない。みすぼらしいあなたなら自分の方が勝てる気がしたの・・・」
麗は続けて言った。
「片方乳房が無いの、だから結婚など夢だった」
麗は煙草に火をつけた。
「もう決めたよ。ここに居るって」
「結婚してくれるの」
「まだ離婚はしていないが・・別れようと思っている」
「私に恋をしてなんて言ったけれど、私の方が先に好きになったみたい」
「そんなことはないさ」
誠は麗の乳房が無いと言う事を聴いてしまい、もうこのまま捨てることはできないと考えた。