路上の詩人
小さな泉
やっとの思いで麗を部屋まで連れ込んだ。麗は酒臭かった。
逢いたかったよ
と目は閉じたままつぶやいていた。
彼は何でこんなことをしなくてはならないのかと思いながらも、麗の体を抱きかかえたことで麗を身近に感じていた。
妻はこんな姿を見せた事はなかった。
「水ちょうだい」
はっきりと言った。
彼は水道の蛇口をひねった。勢いよく水が出た。
こうもたやすく欲しい物が手に入るこの便利さが彼を日常の世界に招きこむようであった。
いままでの彼は水一杯にしても探し歩るかなくてはならなかった。
「美味しい」
麗は誠への礼のつもりなのかそう言った。
彼はこのまま帰る気持ちであったが、ここに段ボールの居所を作って見たい気持になっていた。
汚れた窓ガラスの向こうに月が出ていた。
美しい月に到達した人は何人もいない。
ただ見ているだけで美しい。
誠はどちらを選んだら良いのかと迷っていた。
「お腹空いたわ」
麗のその言葉に彼はたやすく反応した。
「コンビニで弁当買ってくる」
「お金持ってるの」
「あるよ。そのくらい」
「詩が売れたのね」
麗の言葉は嬉しそうであった。
彼は弁当を持って再び麗の部屋に帰ろうと思っていた。
アパートのドアのノブが自分の家のように握れた。
このドアを開けて出て、開けて入ればいいのだと自分に言った。