雨闇の声 探偵奇談1
「ちょっと待ってて」
そっと扉を開けて家庭科室に入った彼は、調理場の奥にある大きな冷蔵庫から、料理用の酒を取り出した。飲むのか、と一瞬疑った郁だが、どうやらそうではないらしい。
「…それ、持ってくの?」
「うん。別に悪いことには使わない」
そう言って再び、瑞は歩き出す。教室に向かって。
「え、え、須丸くん、行くの?」
「うん」
「だって教室にいるんでしょう、あの、そのわけわかんないの」
いるけど別に悪いことはしないよ、となだめるように瑞は言う。そんなことわからないではないか、と郁は反論したくなる。怪談や都市伝説は、どれもこれも恐ろしい結末が待ち受けているのだから。
「怖いことはないよ、でも、静かに」
瑞はそう言って、酒瓶の蓋を外し、教室の入り口に垂らした。線を書くようにして扉と並行させて垂らしていく。
(何してるんだろう…)
恐怖よりも興味が勝り、郁はその様子をしげしげと眺める。瑞は教室の前方の扉の前にも同じことをした。
「これで、あいつは教室から出られなくなった」
囁くように伊吹が言った。極力まで押し殺した声は緊張からだろうか。
「え…?」
「酒には、魔を払う力があるって聞いたことがある。人でないものは、この線から先へ出られない」
そんなことが可能なのだろうか。
作品名:雨闇の声 探偵奇談1 作家名:ひなた眞白