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ひなた眞白
ひなた眞白
novelistID. 49014
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雨闇の声 探偵奇談1

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ささやくは



どことなく、いつもと違う浮ついた空気が弓道場に流れている。主将が幾度か檄を飛ばすのを、伊吹は聞いた。集中力を欠くと、怪我にも繋がるのだ。

「オバケだ幽霊だと、迷惑な話だ」

終了の挨拶を終えたとき、主将が呆れたようにつぶやくのを伊吹は聞き逃さなかった。主将の宮川は昨年夏にこの弓道部をインターハイまで引っ張っていった立役者だ。厳しい指導者でもあるが、憧れている部員は多い。今年の一年生の中には、彼に憧れて入部した者も多いのだ。

「オバケ?幽霊?」
「今日、校内でおかしなことが続いたって」

おかしなこと。そういえば一年生が騒いでいた。誰もいない廊下で足音を聞いたとか、泥水で汚れたとか。大騒ぎになっていたから、二年生の伊吹でも知っている。

「聞きました。一年が随分怖がっていました」

部活の浮ついた雰囲気もこのためだろう。

「俺らの教室にも、おかしなもん見たっていうやつがいたよ。遅刻してきたやつがさ、玄関から誰かにつけられたって大騒ぎしてた」
「主将はオバケとか、信じないんですか」
「見たことないものは信じない」

なるほど、正論だ。豪気な主将の背中を見送り、道場を掃除する後輩たちを眺める。雨脚がまた強くなったようだ。外は漆黒。今夜は早めの帰宅を促すようにしよう。後輩たちを手伝おうと、モップを持って巻き藁室に入る。薄暗い。雨のせいで視界が暗いのだろうか。電気がついていても、なんだか不安になってくる。

「すみません先輩、俺やります」

矢取りに入っていた瑞が駆けてきて、横から手を伸ばしてきた。

「…ありがとう」
「いえ」

そばに来るとふわりと甘いにおいがする。柔軟剤?それとも香水だろうか。
校則は緩いので頭髪を染めることも違反ではないし、弓道部の規則は校則に依る。それにしたって派手なやつだと伊吹は思う。

「おまえ香水つけてる?」
「え?ああ、すみません。気になりますか」

気になるほどではない。そばに来ればほのかに香る程度で、嫌な気はしなかった。

「死んだばあちゃんがつけてたやつなんです」
「え?」
「お守りがわりっていうか、安心するんです。そばにいてくれるみたいで」

ばあちゃんっこだったのか、と伊吹の頬が緩む。なんだかかわいらしく思えた。大人びた表情や佇まい、隙のない射からは想像できない。

「なんだっけな、イチジクの匂いとかっていう」
「へえ…」

言いながらモップを動かす瑞を、伊吹はじっと観察した。



どこで見た?
いつ会った?
こいつは俺の、何だった?