雨闇の声 探偵奇談1
膝が笑っている。声も上ずっていた。慌てて瑞を追いかけようとしたとき。
「わっ!」
ずるりと足をすべらせ、郁は慌ててそばにある机に手をついた。
「どうした」
「大丈夫、すべっただけ…」
言いかけて、郁は息を呑んだ。
「ねえ、床が濡れてる…」
教室の床が、ところどころ濡れている。水たまりを作っているのだ。非常灯の反射からそれを理解する。触れると冷たい。これは、雨水…?
「さっきは濡れてなかったぞ」
「な、なんで…」
まるで。
さきほどベランダにいた何かが、教室に入ってきたようではないか。ずぶ濡れのまま…。
「行こう」
「う、うん」
腕を引かれ、郁は瑞とともに駆ける。得体のしれない恐怖が背後から追いかけてくる。なんだろう、何かがおかしい。これはなんだろう、何が起こっているのだろう。
「…はあ、はあ」
昇降口まで戻ってくる。職員室の明かりが見えて、ようやく一息つくことができた。
「どうした?」
玄関口で、誰かに呼び止められた。
「神末先輩?」
神末伊吹だった。安堵から、郁の身体から力が抜けていく。へなへなと座り込んだ郁は、はあああと深く息を吐いた。
「おまえら鍵を返しにいったきり、戻ってこないから…」
「俺らを待っててくれたんですか?」
「何かあったのか」
脱力して話せない郁に変わって、瑞が静かな声で教室での出来事を告げた。動揺も、恐怖もない、淡々としたその声が、郁の気持ちを少しずつ落ち着かせていく。すべてを話し終える頃には、郁は立ち上がれるようになっていた。
作品名:雨闇の声 探偵奇談1 作家名:ひなた眞白