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あの純白なロサのように

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 それに、この国の都を落とすのはいくら強力な兵でも容易くは行かない。何せ、都はぐるりと四方を山に囲まれた天然の要塞だったからだ。特に北側は傾斜の厳しい岩山だから、敵は確実に南から攻めてくるはず。どこから攻められるかわかっていれば打つ手もある。せめて…春まで、春まで持てば良い。そうすれば五分五分の戦いが出来る。
 氷の魔女を探すという声もあがったがそれは最早後の祭りだった。それにあれだけ毛嫌いしておいて、自分が助けて欲しい時だけ頼るなんて虫が良すぎる。俺は探査の手を片っ端から潰してまわった。この国がどうなろうと、彼女だけは、そっとしておいてほしかった。
 じりじりとこの国は隣国に呑み込まれていった。指揮を執っている向こうの王は、どうやら神がかった軍師らしい。こちらの意表をつくやり方で、俺たちはひとつ、またひとつと砦を手放さなければならなかった。
 遂にその手が王都にも及ぼうとしていた。
 忘れもしない、空が血のように赤らんだ夕方だった。
 俺は首都下南山の最前線にある砦で、まんじりともせず地図と睨み合っていた。
 やはり少ないー…。
 目の前の敵は、こちらに本当に仕掛ける気があるのか無いのか、我が軍の半数程度の数しかいないように見えた。
 ここ数日はずっと睨み合いだ。
 こちらが動かないのには訳がある。地の利がこちらにあるのは当然なのだが、別の似たような状況で、それに慢心した兵達が討って出たところを待ち構えていた三倍の兵力であっという間に全滅させられたことがあったからだ。
 しかし唯睨み合っているというのも、不気味なものだ。敵の兵は、何かを待っているように感じる…。
 とすれば攻めるが吉が、待つが吉か…。
 判断をつけかねた俺は砦の上にあがり、敵兵の様子を見極めようとした。
 すると、今までのんびりしていた敵地に違和感があった。
 敵兵が、動揺、している…?
 どよどよと小さく人波がさざめいている。
 相手の様子がおかしいと察知したのか、ばらばらと寝ていたはずの兵も起き出して、同じように砦の上に登ってくる。
 そしてするすると上った旗の色を見て、俺たちは全員息を呑んだ。
 黄色!黄色だ。
 黄色の旗は、休戦の意味だ…こんなに敵国に有利な状況で?完全勝利も目前の今?向こうから休戦の申し込みがあるなんて、そんなこと、あるか?
 しかし有り難い申し出には変わりない。皆の反対を押し切り、敵陣地に太陽の騎士である俺自ら赴く事に決めた。これが罠である可能性は低い。なぜなら、これだけ有利に戦闘を進めている敵は今更ここで罠を張らずとも、時を経ずしてこの南の砦も突破できるだろうからだ。悔しいが。故に敵の真意をここでしっかり掴んでおきたい。
「ほぉ…総大将自ら赴くなど、肝が据わっているのか、それともただのアホか…」
 俺は案内されたテントをめくって再び驚いた。そこには、敵国の王がいた。こんな戦いの最前線に!
「…その言葉、そのままお返し致します…」
「俺が誰かわかるのか。阿呆ではなさそうだ」
 王が顎をしゃくると、きびきびした動作の兵士が椅子を持ってきた。
「休戦を受け入れよう」
 王は、どっしりと構えたまま、単刀直入に言った。
 散々聞かぬ存是ぬを通してきた休戦を受け入れてくれるという。
 驚くことだらけで、最早何を信じて良いかわからない。
「それは…正直有り難いお申し出ですが、何故…?」
「五十人、倒すまで息絶えなければ講和に応じると、そう賭けをして、負けた。それだけだ」
 無駄話は不要とばかりに、羊の皮を鞣(なめ)した紙を兵が持ってくる。
「正式な講和条件はそちらの王と改めて考える。とりあえずの休戦を結ぶには、こんな紙切れ一枚でも対外的には十分だ。そうと決まった以上、これ以上の犠牲は無意味だ。そうだろう?」
「はい…」
 状況がわからないながらも、俺は頷いた。この国も、隣の国も、賢帝に恵まれたらしい。
 互いに署名捺印したあと、王は俺の顔をしばらくじっと見ていた。何事かを思案しているようだった。
 それから、ぽつりと言った。
「北山に、行け」
 その言葉に、俺は咄嗟に閃くものがあった。
 目まぐるしく考えが、感情が、駆け巡るー…!
「右の馬を使え!」
 退室の礼もとらずに駆けだす俺の背を、王の声が押した。
「感謝致します!この礼は、いずれ!」
「いらん!…一刻も早く、迎えに行ってやれ」
 王の声が、哀れみを帯びたのを確かに俺は聞き取った。
 着いてきた副官に血判の押された羊皮紙を押しつけ、言われた馬に飛び乗り、俺は駆けた。
 北山、北山と言ったか。
 南から攻めてくると思っていたとは言え、北山にも一応見張りを置いておいた。ただ、その連絡を受け取るのは、五日に一度だけとしていた。今日は四日目。くそ!敵国の王はなんと言っていた?
 五十人倒すまで息絶えなければ和平に応じると賭けをした、そう言っていなかったか?誰と!一体誰とそんな賭けをしたというのだ!
 そして、王が負けたー…。と言うことは、五十人倒したと言うことだ、この国を守ろうとした誰かは。ひとりで…いや、王はそうは言って居ない。複数人かもしれない。でもきっと、あの隙の無い王はそんな甘い賭けはしない!
 誰が、どうやって、倒せるというのだ、たったひとりで、鍛えられた五十もの兵を!
 視界が徐々に曇っていく。流石、雪国を知り尽くした国の王が乗れと言うだけあって、馬は雪原を滑るように駆けて行った。視界はあっという間に潤み、熱い雫が頬を伝った。
 俺は、何を泣いているんだ…。
 今になって、全てわかったような気になるのは何故だ。その考えが纏まるより先に、俺は泣いている。嗚咽を漏らさないよう、歯を食いしばり、唇を噛みしめ、ただ馬の背に鞭を当てている。
 そうだ、俺は知っているんだ。忘れられる訳がない。この国で俺以外にもう一人だけ、たったひとりでも五十人を倒せるだろう人間を…。
 北山の砦に辿り着いた時には、とうに夜も過ぎ、朝にかかろうかという頃になっていた。
 俺は馬を繋ぎ、砦を抜け敵国側に歩いていた。
 予想していたとおり、砦に待機させていたはずの兵は、ひとりもいなくなっていた。
 敵国の王は本当に見事だった。俺が見張りを置くというのもいらないと反対意見が出たほど、北山は冗談でなく断崖絶壁だらけだった。都を攻めるにしても普通の人間ならまず一番に除外するところだ。そこを、守りの穴としてあえて狙ったのだ。もし北山が落ちたと聞いていたなら、都はパニックに陥って、あっという間に敵国の手に渡っていただろう。
 しかし砦は戦闘の跡こそあれ無人だったが、北山から敵兵が雪崩れ込んできたという話は聞かないし、来る途中擦れ違うこともなかった。と、いうことは…。
 考え事をしていたら、丸太に足を取られて俺はひっ転んだ。
 ばふりと粉雪が舞い上がる。
 こんな道の真ん中に丸太が…誰かどかしておけば良いもの、を!?
 俺は嫌な予感にはっと立ち上がると、慌てて砦にとって返し、煌々(こうこう)と火をつけた松明を持って出てきた。
 震える手で、丸太の上の雪を払った。それは丸太ではなく足だった。凍り付いた人間の、足。更に払っていけば胴もあり、腕もあった。
 待て、待ってくれ…。