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あの純白なロサのように

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「わたしがまだ王子と呼ばれていた、昔―…結婚の約束をした少女がいた。その少女は辛うじて王族の端くれという身だったが故に気に留める物など誰もいない存在だった。ゆくゆくは王となるわたしがこっそり遊ぶには丁度良い相手だった。彼女は良く笑い、良く喋った。そう、あの、六年前の流行病までは。覚えているかー…などと聞くまでもないな。そなたの父も倒れたのだ。当時国王だったわたしの父も亡くなり、わたしは十二歳で王になった。そこからは息つく暇も無く、国のことしか考えていなかった。彼女に会う暇など、一切なかった。そなたの父の代わりが見つかったと聞いたのは、それから一年の後のことだった。会って心底驚いた。…もう、わかるだろう?わたしが会ったのは、笑わなくなった彼女だった」
 王は自分を嘲るように笑っていた。
「太陽の騎士」
「はい」
「そなたの望みを叶えよう」
 俺はその言葉をじっと聞いていた。
「わたしは、本当にそなたに感謝している。こんな日が来るとは、思ってもみなかった。今日の夜、月の騎士にその任を解くと伝えよう。その際は、そなたも傍にいてくれ。悪いようにはしない」
 それを俺が断れるはずもなかった。
 氷の魔女を女に戻せる。願いが叶うのに、それをもちろん嬉しいとは思うけれど、なにか…釈然としないものを抱えたまま、俺は夜を迎えた。
 氷の魔女は部屋に入ってきて、俺がいることに大層驚いたようだった。
 その顔を見て、俺も驚いた。
 痩せた…窶れたと言うべきか?
 もともと細いからだが、動けば軋みそうなほど細く折れそうになっている。
 痛々しさに思わず眉根が寄った。それをどう解釈したものか、氷の魔女は俺を睨み付けながら膝を折ろうとした。
 しかしその前に王が驚くべき行動に出た。颯爽と椅子から立ち上がり、赤い絨毯の上を、彼女に向かって迷い無く歩いて行くのだった。その顔は、何かを決意したかのように真っ直ぐ彼女を捉えていた。
 自らに向かってくる王を見て、彼女の目に確かに怯えが走った。
 その時、俺は、わかってしまった。
 決して、何者にも怯まない氷の魔女。その彼女が、唯一人背を向ける相手。かつて将来を誓い合ったというその王のことを、今でも、きっと、愛しているのだと…。
 それは想像もしなかった事実で、雷のように俺の全身を撃ち貫いた。
 部屋の鍵は閉まっている。王は、扉の前で逃げる彼女に追いついた。
「もう…こんな鎧は着なくていい」
 王は痛々しげにそう言った。兜を手に持ち、一分の隙もなく白銀の鎧を纏(まと)った彼女は、王の言葉を聞いて、それとわかるほどに血の気を引かせた。
「それは…どういう意味でしょう」
「もう、戦わなくて良いんだ。月の騎士。今日を以て、その、任を解く…」
「お戯れを!」
 抱きしめようとした王に、彼女は細い腕を振り回して抵抗した。
「わたしがいなくなればこの国はどうなります?じきに戦も起こります!わたし以外に誰が、っ」
 その時、彼女は部屋の隅にいる俺に目を留めた。即座に言葉は飲み込まれ、瞳が俺を映したまま、信じられないものを見てしまったかのように大きく見開かれていく。
 俺はそれを静かな目で見詰め返した。
 彼女は気づいた。気づいてしまった。
 そう、今までとは違うのだ。
 彼女がいなくても、俺がいる。黒の騎士の息子であり、彼女よりも強い、俺が…。
 彼女の瞳が絶望の色に染まるのを、確かに俺は見た。
「もう、いい。もう、頑張らなくていい。本当に、良くやってくれた。この国のために、自分を殺してまでも…でももう、いいんだ。ありがとう、月の騎士…」
 王はそう重ねて言って、彼女を優しく抱きしめた。彼女はされるがままで、まるで断頭台に立たされた囚人のように唇を呆然と戦慄(わなな)かせていた。
「騎士ではなく、今度はわたしの妻として、共に歩いてくれないか」
 唐突なプロポーズに、彼女は我に返って弾かれたように王から離れた。
「おやめ下さい!それこそ、お戯れでなくて何になりましょう!」
「いいや。わたしはもう心を決めている。そなたが何と言おうと、もう決めたのだ。だけど、無理強いはしたくない。そなたの意思で、どうか、はいと…言ってくれないだろうか」
「わたしは氷の魔女です!」
「違う。わたしの姫だ」
 王の言葉は揺らぎ無かった。もう心を決めたと言ったのは、決して偽りではないのだろう。
 それは彼女にも伝わったようだった。その真意を探るように王を見詰めていたが、暫くすると肩を落とし、ちいさく呟く。
「…頑固なあなたのことですから…わたしがはいと言うまで、しつこくこうして呼び出されるのでしょうね…」
「しつこくとは心外だな。しかしそなた以外を娶る気など、わたしにはない」
「わかり…ました。あなたの妻になります…」
 顔を背けて頷いた彼女を、王は強く強く抱きしめた。
「本当か、本当だな!太陽の騎士、しかと聞いただろう!そなたは証人だ!よしすぐに婚礼の日を決めよう!いつがいいか、ああ、忙しくなるな」
「落ち着かれて下さい!ひとつだけお願いが御座います。婚礼はあくまでひっそりと執り行いたいのです。そしてそれまで、わたしを娶ることは秘密にして下さいませんか」
「なぜだ?」
「聞き返さないで下さい。周りに知られると、わたしが、恥ずかしいからです!」
 そう言う彼女がやっと年相応に見えたようで、王は相好(そうごう)を崩した。
「よし。今日はもう遅いから、明日またこの話をしよう。太陽の騎士、未来の王妃を送っていってくれ」
「畏まりました」
「必要ありません!」
「そう言うな。いくら強いとは言えそなたは女の身。用心しておくに越したことはない」
「ですが」
 尚も反論しようとした彼女は、上機嫌な王に手を取られて言葉を切った。
「本当はわたしが送っていきたいところだが、そうすると婚礼を待たずして国民みなに祝われることになってしまうな?」
「…っお立場をお考え下さい!」
「わかっている。秘密裏に進めたいというそなたの意見も尊重したい。だから今日のところは太陽の騎士に頼んでいる。わかってくれるな?」
「…かしこ、まりました…」
「…怒らないでくれ。わたしは本当にそなたが大事なのだ…」
 王は彼女の額に優しく口づけを落とした。
「わたしは、本当に、本当に…この日を嬉しく思う。それも全て、太陽の騎士のおかげだ。そなたからも、よく礼を言ってくれ」
 部屋から出ても、彼女は一言も発さなかった。
 ただ、何かにもの凄く怒っていると言うことは感じ取れた。
 俺の先をずんずんと歩む彼女の背は怒りに燃えていた。とてもじゃないけれど、たった今、愛する王から夢のような告白をされた身とは思えない。王が俺を無理に伴わせたから、にしては大きすぎる怒りだ。
 守れと言われた淑女の背をいつまでも追っているわけにもいかず、俺は彼女の横に並んだ。本音を言えば前を歩きたかったが、そうすると彼女をもっと怒らせてしまいそうだったから妥協した。
 彼女は、俺が横に並んだことを察すると、目線さえ動かさず低い低い声で言った。
「…まどろっこしいことをするな」
 俺は、最初彼女の言って居る意味がわからなかった。
「わたしが憎いのなら、こんなことをせず、一思いに殺すがいい」