小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

先輩

INDEX|89ページ/97ページ|

次のページ前のページ
 


   3

 沙耶が拳銃で自らの頭を撃った後、私と馨先輩はその場に呆然と立っていた。
 五分も経たない内に、階段からちーちゃんが昇ってきて「救急隊と警察が来たから、めんどくさいことにならないように早く逃げて」と言ってまたすぐに階段を下りていった。
 馨先輩はそれまで魂が抜けていたように動かなかったが、ちーの言葉を聞いてハッと目を開き、階段の方へと歩いていった。
 遠くから救急車のサイレンが聴こえてきたので、私も急いで馨先輩についていき、四階へと戻った。
 四階の校長室の中には、二人の男性が血の水溜りに横たわっていた。
 私はその死体の不気味さと血の生臭さに耐えられなかったので、駆け足で扉の外へ出た。
 勝山先輩は自力で帰っていったのか、階段にはぽたぽたと血の垂れた跡が続いていた。
 夜の学校は怖い――なんて考えている余裕はなかった。ただ何も考えずに――何も考えられないまま静かに校舎を出て行った。
 馨先輩は正門を出て私の家とは逆の方向へと歩いていく。今の精神状態を考えると、一人になるのが怖かったし、どういう顔をして家に帰れば分からなかったから、私はそのまま馨先輩の後についていった。
「僕は……」
 馨先輩がこちらに顔を向けないまま、しゃべりだした。
「僕は――彼女に言われた通り、こういう結果になることが最初から分かっていたのかもしれない」
「そんな事、ないですよ……」
 根拠はなかった。ただ否定することしか出来なかった。
「組の幹部はほとんど殺され、組長も残ったのは三戸組長だけだった。だからいつ父が自殺してもおかしくない状況だった。沙耶の方も、林檎さんに危害を加えたら、もしくは林檎さんが用済みになったら、残りの一人――美紀さんに手を出すことぐらい、既に僕には分かっていたんだ……」
 いつもの聞き取りやすい、チェロのように透き通った低い声だが、その声に元気はなかった。あんな状況の直後だから無理もないだろう。馨先輩は目の前で、家族が三人も死んでしまったのだ。私がもし同じ立場だったら、歩くことも不可能だろう。その場で自殺してしまうかもしれない。
「先輩が来てくれたから、先輩のおかげで私は助かりました。先輩がもし、あの時来てくれなかったら……それこそ私の命も危なかったかもしれません」
 私なんかに馨先輩を慰めることが出来る自信はなかったが、私なりに精一杯はげまそうと努力した。
 馨先輩は振り返ってゆっくりと私の顔を見た。表情はいつもと変わらないように見える。
「僕があそこに来たのは、元々山田組長が沙耶とあそこで待ち合わせをしていたからなんだ。何故待ち合わせの場所が学校の音楽室だったのかは分からなかったが、彼は昨日亡くなった。だから僕が彼の代わりに彼女に会いにいっただけなんだ」
 馨先輩は制服の内側からノートを出した。
「ちいさんが、桃瀬さんの両親から受け取ったノート。これは美紀さんに渡すべきだね」
 馨先輩は私にそのリンのノートを差し出した。私は両手で受け取り、そのまま右手に持った。すると馨先輩は急に俯いて、
「僕は……あんな状況になる前に、止めようと思えばいつでも止められたんだ……。美紀さんと今まで通りに過ごし、山田組長からの依頼を断り、父が死ぬのを黙って見過ごせれば……。わざわざ僕がこんなことをしなくても、警察を呼んで四つのビルを調べさせれば、こんな自体にはならなかったんだ……」
 馨先輩の声は徐々に震えて、最後は涙混じりの声に変わった。
「僕は――自分一人のことしか考えていなかった。姉さんに会いたい、父さんに会いたい。姉さんと父さんを再会させて二人の喜ぶ顔が見たい。……それだけのために、無関係の桃瀬さんと美紀さんを巻き込んでしまった」
「でも――馨先輩のお陰でみんな望みが叶いました」
 馨先輩は顔を上げ、再び私の顔を見た。眼鏡の奥の瞳が大きく開いている。
「沙耶さんは父に会えて、お父さんも沙耶さんに会えて、大和田先生も、一応妹さんと会えました。リンのことは手紙と日記を読まないとわからないでしょうけど、きっとリンも願いが叶ったんだと思います。そして馨先輩も――結果はどうであれ、お父さんと沙耶さんと会うことが出来たじゃないですか。傍から見れば、悲惨で残酷な結果です。でも個人個人で見ていけば、みんなの願いが叶っているんです。沙耶さんも、お父さんも、大和田先生も、決して馨先輩を恨んではいないと思います。きっと、……空の上から感謝してくれてる――と私は思います」
「美紀さんは……まるでお母さんみたいだね」
「ふふっ、よくリンにも言われましたよ。み―婆さんだとか」
「婆さんはひどいな。お姉さんと呼ぶべきじゃないかな?」
「先輩の方が年上じゃないですかっ」
 そうだったね、と言って馨先輩は声を出して笑った。私もつられて笑い出し、夜道で二人は思い切り笑いあった。
「でも、美紀さんには……」
 笑いが落ち着いてくると馨先輩は冷静な顔になり、私の眼を見て聞いてきた。
「僕はあれだけ言っていたのに、美紀さんには何もしてあげられなかった――」
「私の願いも叶いましたよ!」
 私は自分の胸をどんと拳で軽く叩く。ちょっとはしゃぎすぎだろうか?
「……?」
 馨先輩は首を傾げる。どこかかわいらしいしぐさだった。
「私の叶った願いは――」
 
「馨先輩と今こうして一緒にいられること、ですっ」
 馨先輩は分かったようなよく分からなかったような表情をした後、頬を赤らめて私から視線を外した。
 そんなしぐさを見て、私は耐え切れず、また声を出して笑ってしまった。
「え、え? どうして笑うの?」
 前に図書館で会ったときとは、逆の立場になっていた。
 そうこうしている内に、馨先輩が一人で住んでいるというアパートに到着した。コンクリート造りの二階建てで、なかなか安くはなさそうな物件だった。古くもなく、セキュリティもしっかりしていて、鍵を持っていないとアパート内に一歩も入れないようだ。
「今……夜の七時だけど、家に帰らなくて平気なの?」
 馨先輩は自分の部屋の扉の前に来たところで、私に聞いた。
「平気です。中学生なんだから偶には不良にもチャレンジしてみないと! ……後でちゃんと親に連絡しますけど」
 そっか、と言って馨先輩は笑顔になり、ドアノブに鍵を差し込んだ。ガチャリと鍵の開く音がして鍵を引き抜くと、また馨先輩が聞いた。
「この部屋……僕しか住んでないんだけど、その、なんというか……」
「……?」
「男と二人っきりになることに……怖かったりしない?」
「先輩はそんな人じゃないって、信じてますから大丈夫ですっ」
 私はそう言って笑顔を向けた。馨先輩はほっと安心したのか、短くため息をつき、扉を開けた。というより私が勝手に馨先輩の後をついてきて、部屋にまで上がりこもうとしているのだ。気を使うべきなのは私の方なのである。
 馨先輩の部屋は、トイレ風呂付六畳一間に寝室四畳の、一人暮らしにしてはなかなか贅沢な部屋だった。
 部屋の中は、必要最低限の家具以外には教科書と本ぐらいしかなく、モデルルームのようにすっきりとしていた。ベランダを見ると、洗濯物が干しっぱなしにしてあり、私の視線に気付いたのか、馨先輩は急いでカーテンを閉めて隠した。
作品名:先輩 作家名:みこと