先輩
2
あれから十日が過ぎた。
五月になり、桜の花は完全に散ってしまい、学校へと続く道にも色とりどりの花が咲いている。いや、五月でなくとも、冬が過ぎた時点で咲いてはいたのだろう。ただ、何故か今日までそのことに気付かなかった。
それどころじゃなかった――と言う理由もあるが、もっと大きな理由がある。
私は、今まで心を閉じ込めていた殻を破ったんだと思う。それまでの私は花を見ても、ただみんなが綺麗だと思うから綺麗だと思い、桜の花を見て皆が感動するから感動していた。自分の意思はなく、ただ皆に合わせているだけだった。
そんなだから、今まで好きな人が出来なかったんだと思う。クラスの女子全員が一人の男子を好きになったりすれば、私もその子のことを好きになったのだろうが、アイドルじゃないんだし、そんなことは現実に起こらないだろう。
ただ――馨先輩と出会ったことで、それは少しずつ変わっていった。
馨先輩だけじゃない。リンだってそうだし、沙耶と出会った時も、私の心はそれまでより大きく変わったのだ。
沙耶とは、結局あの日の僅かな時間しか話すことが出来なかった。
彼女は決して善人ではない。二人の女生徒を襲い、大和田先生を殺したのだ。
それでも、リンを殺してはいなかった。
リンの死因は、睡眠薬の過剰摂取で、死亡時刻は午前十時頃だったという。
彼女は精神科の病院で出されていた睡眠薬を長年溜め込んでいて、それをまとめて一気に飲み込んだらしい。流し込んだというのかもしれない。
その量は致死量を軽く超え、ほぼ即死だったそうだ。
リンは沙耶と待ち合わせをしていた音楽室でそれを実行し、沙耶がそこに来たときには既に死んでいたという。
だから、リンから送られて来たメールや、電話から聴こえた悲鳴は全部沙耶の仕業だったようだ。
彼女は、私をあの場に呼んで何をしようとしていたのだろう。リンの横に私の死体を並べたかったのだろうか。
しかし――彼女は私たちKLDのメンバー誰一人も殺してはいない。
あけみとともちゃんに使った薬は、父が作り出した合法麻薬だったらしいが、彼女達は今もちゃんと生きている。分量の問題かと思ったが、実はそれはどうやら搾取方法の関係らしい。
経口摂取の場合にのみ、死亡するのであって、静脈摂取では死亡する確率はゼロに等しいらしい。どういう理由かは聞いても私の頭では全く理解出来なかったが、二人とも無事でいるのなら、それでいいと思った。
彼女はそれを新種の麻薬ではなく、通常のヘロインだと思い込み、静脈に打ったのだろう。
ストーカーが捕まるまで、ビクビクして通っていた団地も、今は平気に堂々と通り過ぎることが出来る。
黒装束の男、ストーカーの正体は二人いた。
沙耶と大和田先生。
しかし、二人もいればさすがに警察も動くはずだ。どうして警察は捕まえなかったのだろう。ヤクザのビルがいくつも立っている地域なのだから、探偵小説のように無能な警察ばかりしかいないわけではないだろうし。
そんなことをずっと考えながら朝の通学路を歩いていると、団地を抜けた先に、一人の男子生徒が立っていた。
目に掛かるぐらいに伸びた銀髪に、それと対照的な真っ黒の学ラン。縁無しの眼鏡の奥にはガラスのように透明な瞳が私を映している。
馨先輩が、笑顔で手を振って待ってくれていた。