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先輩

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 龍ヶ崎校長は教壇に手をつき、再び目からぼろぼろと雫をたらした。
「私と寝た人たちが皆死んでしまったのは、そんなことがあったからなのね……」
 沙耶は、独り言のようにそうつぶやいた。
「お父さん……。私は組の人と夜を共にしたのは平気だった。でもね……その人たちが皆死んでしまったことには、耐えられなかったのよ。たとえ私をどんなにひどい方法で犯した男でも、彼らに罪は何一つなかったんですもの。それなのに死んでしまっては、まるで――私が彼らを殺してしまったかのように思えてしまったの」
 沙耶の言葉を聞いて、龍ヶ崎校長は飛び出しそうなくらい目を向き出して、沙耶に顔を向けた。
「私はそれが原因で外に出れなくなった。顔もなるべく見せないようにマスクを常につけていた。それはお父さんも覚えてるでしょう? あの時は風邪を引いたとか、花粉症だとか言ってたけど……そんな理由じゃなかったの。……自分の顔が、怖くなったの」
 沙耶は頬にそっと手をあてて言った。
「私を抱いた男の人たちは、誰もが私の顔に見惚れていた。その人たちが皆死んでいって、その時から私の顔は、人を殺してしまうと思ったのよ。だから――人に自分の顔を見せるのが怖くなった。道端ですれ違った知らない人までも、私の所為で死んでしまうんじゃないかと、怖くて外に出れなかった」
「……私は、そんな沙耶の苦しむ姿を見ていられなくて、自ら死んだことにしたんだ……」
 龍ヶ崎は再び顔を下に向け、吐くようにしゃべった。
「三戸と山田に言われた通り、私は沙耶を抱いた男を殺していった。それが沙耶への償いだと思ったんだ。それでも沙耶の体調は良くならないどころか、悪くなっていく一方だった。だから、私はまたもや山田に頼んで、自分が死んだことにしてもらい、ここに何年もの間、篭もっていたのだ……。それだけじゃない! 私と山田は、最終的に四つの組の連中全員を、一人残らず殺そうとしていたんだ! こんなものを作った所為で……私は何人も傷つけ、何十人も殺していったんだ!」
 龍ヶ崎校長は崩れるように膝を床につけて、泣いた。絶望が一気に降り注いだかのように、それは見ているだけで辛い気持ちが伝わる光景だった。
 その姿を見ながら、馨先輩は沙耶に尋ねた。
「姉さんは……父が死んだと聞いた後、どうしていたのですか……?」
「私は、図書館の宿泊出来る部屋を借りて、そこでずっと暮らしていたわ。音楽室に仕込んだ盗聴器で、吹奏楽部の様子を聴きながらね。宿泊費とかは全部山田組長が払っていてくれていたみたい」
 図書館の宿泊部屋は、本当に存在していたのか。
「じゃあ、彼女達に使った麻薬は、どうやって手に入れたんですか?」
「それも山田組長にもらったのよ。渡した理由ははっきりと言わなかったけれど、もしかしたら、彼は私に自殺させようとしていたのかもしれない……。それが――まさかこんなことに使うことになるとは、自分でも思わなかったけれどね」
 しばらくの間、沈黙が続いた。
 龍ヶ崎校長は――娘を愛するがあまり、次々と誤った行動をしていった結果、彼女を傷つけてしまった。
 沙耶は――父を愛するがあまり、父に似た人に近付く者を傷つけてしまった。
 この親子は、目的のためには手段を選ばないようだ。そういう意味では馨先輩も含めて、三人はやはり親子なんだと思える。
 二人の目的は、お互いを想いあうことだった。
 二人とも凶悪な殺人犯だが、今このときだけは、なんだか素敵な親子に見えてしまった。
 龍ヶ崎校長は立ち上がり、沙耶を抱きしめた。
 沙耶はそれに答えるかのように龍ヶ崎校長の体に腕を回した。
 沙耶という名前の人形の瞳からは、一滴の雫がゆっくりと流れた。その涙は悲しみによるものではなく、父との再会が出来たことによる、喜びの涙だった。
 彼女は口の端を上げ、笑顔で涙を流したまま父の肩に顔をつけ、声を出して泣いた。泣いている彼女も、やはり美しかった。
 リンが、惚れてしまったのも、少し分かった様な気がした。
「どうして……」
 馨先輩が言いにくそうに二人から顔を背けながら聞いた。
「どうして僕だけは、殺さなかったんですか? もしかして、こういう結果になることも、あなたは予想していたんじゃないんですか……?」
 龍ヶ崎校長は沙耶を離し、馨先輩に体を向けて答えた。さっきまで床に這い蹲るように泣いていた時の姿と、同一人物とは思えなかった。
「お前なら、傷ついている沙耶を救ってくれると思ったんだ」
「僕には……そんな代役、務まりませんよ」
「いや、代役どころか、お前はそれ以上のことをしてくれた。現に――私はこうして沙耶と再会することが出来た。私は組を壊滅させた後、本当に自殺するつもりだった」
「……自殺なんてしないで、自首してください」
「そう、だな……。だが、もうこの先どうなろうと、今この瞬間、沙耶と再び会えた喜びがあれば、どんな苦難にも耐えられるはずだ」
 龍ヶ崎校長はにやりと笑った。私はこの時初めて彼の笑っている姿を見た。
 どこか、馨先輩に似ているような気がした。
「お父さん……。私も三人の生徒を傷つけてしまったの。罪があるのは一緒よ。だから、私も……」
「大丈夫だ。その罪は全部私がやったことにするよ。元はと言えば全て私が悪いんだ。これが――私が沙耶にしてあげられる、唯一の償いだ。――馨、本当にありがとう」
 龍ヶ崎校長、いや、父はもう一度沙耶を抱きしめた。沙耶は何秒か戸惑ったように目を開けていたが、すぐに目を細め、再び父の体に腕を回した。
 
 これで、よかったんだと思う。
 彼女は、ちゃんとリンを殺した罪を自覚しているのだ。
 そうでなかったら、今こうして抱き合っている二人が、こんなにも美しく見えるわけがない。
 そこは、ライトアップされた夜景でもなければ、立派な建築物の中でもない、薄明かりに照らされた、どこにでもある学校の一室に過ぎない。
 それでも――私の瞳に、その美しい光景はしっかりと焼きついた。


 その時。
 鼓膜を破るような大きな音が、扉の外から聞こえた。
 銃声だった。
 部屋にいる者は皆、扉に注目した。
 重い鉄の扉を勢いよく開けたのは――。
 
「沙耶! 沙耶! 僕だけの沙耶! やっと見つけた! やっと会えたんだ! これこそ運命だ!」

 本物のストーカーだった。
 部屋の空気が一瞬にして変わった。
「お、お前はまさか……大悟!?」
 沙耶を放し、黒い男に近付こうとする龍ヶ崎校長。
 窓に寄り、嫌悪感をむき出しにした目で、黒装束の男を睨む沙耶。
 悔しそうに歯を食いしばり、懐から何かを探しだそうとしている馨先輩。
 彼の黒い姿を見て、今までのことが頭の中で反復されていく私。
 大和田先生の笑み。笑い声――。
 地面に座り込んだ私に近付いてきた黒い男――。
 黒衣をまとったストーカーは、沙耶だけではなかったのだ。
作品名:先輩 作家名:みこと