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先輩

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「それは――ヘロインです。モルヒネから作られる麻薬です。ただ、極めて依存性が強いため、麻薬及び内精神薬取締り法で、厳しく規制されています。依存性が高いだけではありません。ヘロインは、快の面でも、悪の面でも最高と言われている薬なんです」
 馨先輩は二人に向けて語っていく。
「まず、快の面について。ヘロインの多くの経験者は『摂取すると、この上ない多幸感がある』と語っています。主な摂取方法は、鼻から粉剤を吸い込む通称スニッフィング、経口摂取、注射器による静脈摂取などです。特に静脈注射による摂取で数分間起こるラッシュと呼ばれる快感は、『何物にも変えられないもの』とまで言われ、下品な表現ですが――オーカズムの数万倍の快感であったり、時には人間の経験するあらゆる状態の中で、他のものを優に超える、最高の状態――とまでも言われています。もちろん僕は摂取したことがないので本当にそんな効果があるのかは分かりませんが、他の麻薬をどんなに調べても、ここまで快の面を評価されている薬物は存在しません」
 なんだかそんな物がこの世に存在していること自体、信じられない。注射を刺して薬を入れるなんて痛そうなのに、それがそんな快感になるなんて、全く想像できない。
「快の面だけ聞くと、たとえ麻薬といえども少なからず興味が湧くと思います。それだけなら依存性がたとえ強くても中毒者は大量に現れるはずです。しかし、その快の面を覆すくらいそれ以上に、恐ろしい悪の面があるのです」
 馨先輩の目が少し鋭くなった。話を聞いているだけでも恐ろしくなってくる。
「悪の面は快の面とは裏腹に、『地獄そのもの』と例えられます。身体中の間接に走る激痛と、小風が少し当たっただけで素肌に走る激痛。さらには体温の調節機能の狂いによる激暑と激寒の頻繁な入れ替わり、強烈な不快感や倦怠感……聞いただけでも恐ろしい禁断症状が、これでもかと用意されているのです」
 話を聞いていたら、なんだか体がむずむずするというか、金縛りにでも掛かってしまいそうな、変な痛みを感じる。
「ヘロインという麻薬にはそういった極端な作用があるため、法律で厳しく取りしまわれているんです。ただ――それでもこの世にはまだ取りしまわれていない麻薬も残念ながらたくさん存在するんです」
 取りしまわれていない麻薬なんて、矛盾している気がする。
「アルコールやタバコ、シンナー等の有機溶剤も麻薬ではありませんが、中毒物質ですね。まぁそれはそれとして、麻薬には、化学物質と化学式が似ていても違法麻薬ではない、『デザイナーズ・ドラッグ』というものが存在します。時間が経てばその薬も違法になるのでしょうが…問題はその法律で規制されるまでの期間、ということです。法によって禁止されなければ、言わばその薬は風邪薬等と変わらないんです。だからといってドラッグストアなどにはもちろん置かれていませんがね。そして、デザイナーズ・ドラッグは、自然には存在しない。人の手によって造られた薬なのです。それを日々研究し、法の網目を掻い潜って製造する人間が、この世には存在する。それが――」
 あなたですね、と馨先輩は龍ヶ崎校長に向けて、今までで一番冷たい口調で言い放った。
「これは、どんな作用のある薬なんですか?」
 馨先輩は龍ヶ崎校長に迫り、教壇の上に置いた、粉末が入った袋を再び手に取り、蛍光灯に翳して見せた。
「ヘロインを元に作った、合成麻薬だ。名前なんて決めていないし、法律で規制などされていない」
「作用は?」
 龍ヶ崎校長は顔を一旦馨先輩から背け、躊躇した挙句、ぼそぼそと聞こえにくい声で言った。
「作用は……主にヘロインと同様だ。ただ、分量をきちんと守れば依存性が全くなく、禁断症状も起こらないように出来ている。ただ――二倍の分量を摂取すると、脳に刺激を与えすぎてしまい、ほぼ即死する。致死率は、摂取方法によるが……経口摂取ならほぼ百パーセントに近い」
 彼はそんな麻薬、いや毒薬を作り上げていたのか。
「それで、組員を次々と殺していったんですね」
 「私が、私がやったわけではない。 私は……研究し、完成させただけだ! それに、完成したところで、それを使って誰かを殺そうとなんて思っていなかった! 殺させたのは山田であって……」
「分かっていますよ。あなたは旧友である山田組長と、三戸組長に乗せられたんでしょう?」
「……!」
「北のビルの三戸組長、いや、院長と言うべきかな」
 馨先輩は、ぽいとその麻薬が入った袋を地面に投げ捨てた。
「三戸院長は四人の中でも一番口が堅かったですよ。最終的に勝山さんの協力でなんとか白状させました。ちょっと彼女は強引ではありましたが。それでも彼はしっかり当時のことを話してくれました」
 北の闇病院を経営している三戸院長。
 彼は先ほど馨先輩が説明した通り、龍ヶ崎校長の大学時代の友人だった。彼は在学していた時から、龍ヶ崎校長が麻薬について研究していることを知っていた。だからといって口外はせず、むしろ協力をしたり、三戸自身も興味本位で麻薬について彼に教わっていたりもしていたそうだ。
 三戸は医者になるための一般的な医学を学び、主席で卒業した後、すぐに私立病院を経営し始めた。
 しかし思うように経営は上手くいかず、患者不足が原因で赤字になった上に、小さな医療ミスを犯してしまい、結果、医療の世界から追い出された形になってしまった。
 その頃――三戸より一年遅れて卒業した龍ヶ崎が、山田の紹介で南の組に入り、そのまま麻薬の研究を仕事にしたと聞いた三戸は、彼に頼み込んだ。
 当時の北のビルはただの住処で、そこに暮らす医療免許を持った老人が、傷ついたり骨折した組員の治療や世話をしていただけだったらしい。しかし老人が齢を取っていくのに対して、年々組員は増えていき、結局、その老人は過労が原因で他界してしまったという。
 だったら最初から普通の病院に通えばいいじゃないか、という話なのだが、老人に診てもらうような組員は、大抵表に立っていられないような行いをしてきた者なのだ。だから表に出れば警察に捕まるし、だからといって病院に行かなければならないほどの症状なのだから、自然に治せるわけでもなかった。
 ちょうどその老人が亡くなった後に、職を失ったばかりの三戸が龍ヶ崎に頼み込んできたので、龍ヶ崎は山田と協力し、北のビルを闇病院へと変えた。
 しかし三戸の災難は続いた。闇病院を開いて何年か経つと、今度は逆に患者は見る見るうちに減っていき、ついには一ヶ月に一人二人診察に来るかどうかという状況になってしまった。その原因が、その頃組員が別な地域に大幅に移動したからだという。
 何故突如組員は移動したのか。
 それはある組員が、全ての組を仕切る総組長になり、その総組長の考えで組を別な地域にも広げることにしたからだという。
 その総組長というのが――龍ヶ崎だったのだ。
 そのまま三戸も、患者が減った時点で賭博に走り、当時の龍ヶ崎組長と同じように借金で毎日東の組員に散々な目に合う目になってしまった。
作品名:先輩 作家名:みこと