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先輩

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「私は……もちろん男に抱かれる事を嬉しくは思ってなかった。最初の夜は、その場で窓から飛び降りて死のうと思ったほどだった。でも……繰り返していくうちに借金も減っていって、お父さんも元気になった。明るい父の顔を見れたことが、何よりも嬉しかった。だから、それ以降もたとえ何人の男に抱かれようとも、耐えられた。お父さんの幸せが、私の幸せだから……」
 沙耶は、自分のことよりも父のことを大切に想っていたようだ。それくらい龍ヶ崎校長は沙耶を精一杯育ててあげたのだろう。普通だったらこんなことを親にさせられて、許せるわけがない。
「沙耶、それは本当なのか……?」
「ええ……。私はお父さんのことを憎んだり、嫌いになったことなんて、一度もないのよ」
「くっ……」
 龍ヶ崎校長は教壇の椅子に手を突いて、沙耶に頭を下げたような格好をして、声を出さずに泣いた。大人の男性が泣いている姿を、間近で見るのは初めてだった。
「最初からその言葉を聞いていれば……いや、今更言ってもしょうがない。沙耶。お前は本当にいい子だ。私にとって最高の娘だ……」
「申し訳ありませんが――まだ話には続きがあります」
 馨先輩は低く篭もった声で二人に言った。二人は顔を上げて怯えた顔をしながら見つめた。
「龍ヶ崎校長。あなたは、沙耶さんを使って金も地位も手に入れた。そこまでは良かったのです。しかしあなたは、それ以上に大変な罪を犯してしまった」
 話に関係ない私までもが唾を飲んでしまうほど、緊迫した雰囲気になった。
「あなたは、沙耶を抱いた四つの組の幹部全員、僕の母、勝山さんの父、南の組長と、あなたの前に就任していた校長を殺した――大量殺人犯です」
 馨先輩は龍ヶ崎校長に指を指した。
 馨先輩の母、勝山先輩の父、前校長は薬物中毒で亡くなったのではないのか?
 そういえばあけみやともちゃんも原因不明の病気ではなく、沙耶に投与された薬物が原因で学校を休んでいた、と馨先輩は言っていた。
 ということは――、
 全ては薬物で一つに繋がっている……?
「お父さんが……? そんなわけないわ」
「僕は真実しか言いません」
「いい加減にして! せっかく、せっかくお父さんと逢えたのに……あなたは私と父さんを引き離したいの!? そんなの……ただの嫌がらせじゃない!」
「罪人を裁くのは、確かにただの中学生である僕の役目ではない。だからと言って、推理小説の探偵のように、謎を解き明かしてはいさよならと、そのまま帰るなんてこともしません。ただ僕は真実を――」
「何が真実よ! この世にはね、知らなくていいことだっていくらでもあるのよ。これ以上余計なことを言わないで! 私とお父さんの間に入ってこないで!」
「馨先輩は、そんな人じゃないです……!」
 私は勇気を振り絞って口に出した。
「馨先輩は、さっきも言っていたとおり、ずっと孤独だったんです! 何日も、何年間も……。沙耶さんにも辛い過去があったとしても、現に今、お父さんと再会することが出来たじゃないですか。でも――先輩は、どう足掻いても、もうお母さんや、育ててくれたおばあちゃんには、一生会えないんです! 私も同じです。 あなたがリンを殺したから……! だから馨先輩は、私や、死んでしまった人たちの代わりにも、あなた達の非道な行いを叱ってくれてるんです!」
 頭に浮かぶ言葉を、そのまま並べて喉から声が流れていく。自分でも何をしゃべっているかはよく分からなかったが、リンを想う気持ちと、馨先輩を庇う気持ちを伝えようと必死に大声を出した。部屋中には響かなかったため、そこまで音量は出ていなかったようだったが。
「殺した……? 沙耶が……?」
「ち、違うのお父さん! 私は、殺してなんか――」
「龍ヶ崎総組長。あなたは国立大学の医学部を卒業していますね?」
 馨先輩はまた唐突にそんなことを聞いた。
 動揺して落ち着きのない沙耶は、馨先輩の言葉にまた反抗しようとしたが、すぐに察知し、無理やり落ち着かせて窓に背を当てて寄りかかった。
 龍ヶ崎校長は背筋をゆっくり伸ばして、教壇の端に片手をついた。
「あぁ、そうだ」
「北の病院の三戸組長も、同じ大学を出ていましたよね?」
「うむ。まぁ、俺とあいつとは分野が違ったが」
「あなたは、大学で何を学んでいたのですか?」
「……」
「龍ヶ崎組長、あなたは在学中、薬品研究と偽って、麻薬の研究をしていましたね?」
「……それが、なんだというんだ」
 龍ヶ崎校長の顔が僅かに歪んだ。
「あなたは大学を卒業し、山田組長に誘われて南のビルに来て、そこで新たな麻薬の研究をすることを許された」
 沙耶は両手を口に当てて父を見つめる。
「そしてあなたが長年の研究の成果、完成させたのがこれです!」
 先輩はポケットから、白い粉と注射器が中に入ったチャックつきのビニール袋を、教壇の上に叩きつけるように置いた。
 私は再び部屋の中を見回す。
 台所に無造作に置かれたビーカーや割れた試験管。スポイト。注射器。足元にこぼれている白い粉。つまり、龍ヶ崎校長はここで新種の麻薬を研究していたのだ。
「さて、河井さん。学校で習ったと思うけど、麻薬とはどういうものかな?」
 いきなり馨先輩にそう聞かれて、私は戸惑った。そんなこと細かく覚えているわけがない。保健の授業で習ったが、試験前に一夜漬けで暗記しただけだったのだから、記憶から流れ落ちてしまっている。
「えっと……たしか持っているだけで罰せられて、使用した場合は脳が縮んだり、あとやめられなくなったり、麻薬欲しさに万引きとか他の犯罪をしたり。『ダメ絶対!』とか……」
 流れずになんとか記憶の片隅に留まっていた麻薬に関する単語を、適当に言った。
「うん。まぁ学校で習う麻薬に関してはその程度だろう。じゃあ、麻薬は悪いものかな? それともいいものかな?」
「……悪いものだと思います」
 良いものだったら、そもそも法律で取り締まるわけがないだろう。
「質問が難しかったかな。種類にもよるんだけれど、決して悪いものとは言えないんだ。歴史の授業で習ったアヘンや、LSD等、人類の歴史や文化に大きく関わったり、麻酔や抗鬱剤等、医療面に役立っている物も存在する。確かに人体に悪影響を及ぼすものの方が圧倒的に多いけれど、だからといって存在しなかった方がよかった悪質なもの――とはっきりとはいえないんだ」
 確かに麻薬は、悪薬なんて書かないし、毒薬という言葉もあるのにわざわざ区別して言うのには、そういう理由があるからなのだろうか。学校の授業で麻薬をあんなにひどく言うのは、あまり肯定的に言ってしまうと、軽い興味本位で手を出してしまう学生がいるからなのだろう。
「さて、麻薬には様々な種類がある。アヘン、モルヒネ、MDMA、大麻、覚醒剤……一つ一つ言っていったらキリがない。しかし、現存するあらゆる麻薬の中でも、『THE KING OF DRUG』、つまり薬物の王者と呼ばれている麻薬がひとつだけ存在する」
 龍ヶ崎校長と沙耶は、再び凍りついたように全く動かないまま馨先輩の話を聞いている。
作品名:先輩 作家名:みこと