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先輩

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「あなたのお父さんが、私のお父さん……? じゃ、じゃあ、お父さんが、お母さんとは別な女性と産んだ子供は、あなただったというの……?」
「ええ。そのとおりです。生まれた日はあなたの方が三日ほど早かったようですね。改めまして――よろしくお願いします、お姉さん」
 馨先輩は父に向けたときと同じ笑顔を沙耶に送った。沙耶は固まっている。今、彼女の頭の中はかなり混乱しているのであろう。
「馨……。やはりお前は私に似てしまった。容姿だけでなく、言動や行いまで……」
「行いまで……? 失礼ですが、僕は父のような非道な行いをした覚えはありませんが?」
「今ここでしているだろう。私が生きていることも、ここにいることも、沙耶を連れてきたことも……全てお前が――」
「それのどこが非道だというのです!」
 馨先輩はいきなり怒鳴った。龍ヶ崎校長はそこで言葉を止めた。息子に怒鳴られて黙る父親も、なんだか情けない気がする。
「……僕がこの一ヶ月の間、どういった理由で自ら進んでこんなことをしていたと思ってるんですか? もちろん母の仇という意味もありますが、それだけじゃない。あなた達二人の暴走を止めるためですよ! 僕はこの数年間、まともな暮らしを送っていなかった! 周りに助けてくれる人もいない。 それでも、それでも一人でここまで生きてきたのです! それなのに……あなたは自分の罪まで、息子である僕に押し付けるつもりなのですか……?」
 これまで冷静だった馨先輩が、興奮して二人を怒鳴りつけている。言い終わった後も肩で息をしていて、全力疾走した直後のように呼吸が乱れていた。
 きっと――それぐらい馨先輩は、今まで大変な思いを一人で過ごしてきたのだろう。
 無理もない。産んだ母親は育児放棄して、子供をろくに抱かないまま死んでしまったため、一人で生きるしかなかったのだ。
 そんなことを真剣に考えずに、私はただひたすら馨先輩のことを想っていたのだ。ただ思うだけで私は馨先輩に何もしてあげられず、逆に何度も助けられている。
 私が今この状況で、馨先輩にしてあげられることはなんだろうか。
 私は考えた。
 もしかしたら、馨先輩も、今までずっと淋しかったのではないだろうか。
 大事に育ててくれた祖母を失い、自分の産みの母を失ったショックは、決してそう簡単には消えないはずだ。たとえ消えたとしても、孤独であることには変わりない。
 それなのに――、馨先輩はそんな困難にも耐えながらも今まで生きてきたのだ。
 ――人は一人では生きられない。
 助けることも大事だが、助けられることも大切なのだ。
 そんな馨先輩に今、私がしてあげられる事は――。
 
 私は馨先輩に近付き、後ろから包むように抱きついた。
 まるで始業式の日、リンが私にしたように――苦しくない程度に。ぎゅっと力を籠めて。
 音楽室で馨先輩から抱きついてくれたときにはわからなかった――というよりそんなことを考えていられる状況じゃなかった――が、馨先輩の体は筋肉がしっかりとついた男らしい体で、ほんのりと温かかった。
 顔を背中にそっとくっつけた。ドクドクと早いテンポの心臓の音が聴こえた。
 どれくらいの時間そうしていたのかは分からなかったが、時がしばらく止まっていたかのように長く感じた。
「み、美紀さん……?」
 馨先輩の声が頭蓋骨に響いたところで時は再び動き出した。その瞬間、私は自分のしていることに気付き、わぁと大声を出して思わず馨先輩の体から放れて後ろに飛び跳ねた。
「ご、ごめんなさい! そ、その、えっと……」
 顔がお風呂でのぼせたかのように熱い。心臓が飛び出てるんじゃないかと思うほど激しく動いている。
「先輩が……、か、かわいそうだと思って…」
 かわいそうだ、なんて後輩である私が言える立場ではない。
 背中を向けているから見えないが、馨先輩はどういう表情をしているのだろうか。
「……ありがとう」
 馨先輩は何とか聞き取れるぐらいの音量で静かに呟いた。それがどういう気持ちを思って言葉なのかは、ある程度想像は出来たが、その時は深く考えないようにした。
「いきなり大声を出してすいませんでした……。僕が父の元へ沙耶さんを連れてきたのは、別に二人を混乱させるためではありません。二人の誤解を解くために、そしてこれ以上死者が出ないようにするためです」
 馨先輩は再び今まで通りの冷静な口調に戻った。若干息が切れていたが、それも時間が経てばすぐに治まるだろう。
 目の前に立つ二人は、とりあえず姿勢を正した。
「まず――この学校の四方に建つ四つのビルと、その組織について説明しましょう」
「そんなことくらいお前に言われなくても、充分すぎるくらい知っている」
「本当に充分に承知でいられるのなら、こんな事態には絶対なっていなかったはずですよ? お父さん」
 馨先輩はすっかり調子を戻していた。龍ヶ崎校長はまた黙ってしまった。
「この学校を中心に、東西南北四箇所に建てられたビル。その実態は、東は暴力団の事務所であり、西は水商売の事務所、南は麻薬等の危険な薬品の密輸入を行っている企業です。ただ――、北にあるビルだけは特殊で、私立病院のようなものになっています」
「あそこが病院なんですか? でも外に看板なんて出てないし、そこで診てもらったって話も誰からも聞いたことないですよ」
「一般的には知られていない。それに知られちゃマズいんだ。いわゆる、闇病院ってやつだからね。まぁ詳しくは後に回そう」
 馨先輩は一息ついて、人差し指で眼鏡の位置を調整した。
「ヤクザ、という単語に一番近い存在が多いのは、恐らく東のビルの組員でしょうね。東は主に借金取り等を仕事とした暴力団が集まる、まぁ簡単に言ってしまえばアジトですね。それら四つのビルには、それぞれ組長と呼ばれる者――わかりやすくいうとそのビルの社長――が存在し、その建物に所属する組員を仕切っていたんです。
 その四つの組は互いに頻繁に行動を共にしたり、協力しあったりしているのですが、時々意見がかみ合わなかったりすると、所謂抗争というものが起きる。僕はそれがどういう風に行われているのかはご存知ないのですが」
 馨先輩は物知りだ。いや、きっと自分で行動して色々と調べ上げたんだろう。ヤクザについて調べるなんて、すごい度胸だと思う。
「数年前まではこの近辺で大きな抗争は起きませんでした。平和――というのも変ですが、一昔前は学校が休校になって警察が総動員でビルに入ったりしたことがあったそうです。ただ――四年前、四つの組の頂点にある方法で立った人物がいます」
 馨先輩はビシっと音が聴こえそうなほどすばやい動きで前方を指差した。
 
「龍ヶ崎校長、いいえ――龍ヶ崎総組長、あなたです」
 まさか。現在の校長が四つの組を仕切る総長なのか? そんな事が現実にあるとでもいうのか。しかし、最近は教育委員会の考えで民間校長という校長先生もいるらしく、考えてみればありえなくはないかもしれない。
 名前だけ存在し、仕事は全て教頭に任せ、そのことに対して不満一つも言わずに仕事をこなす教頭先生。確かにヤクザに押さえつけられているなら文句が言えない教頭先生の気持ちも分かるが。
作品名:先輩 作家名:みこと